2026/07/26

1000円弱は1000円よりちょっと多い額 ...

 ... と認識している人が一定数いる。というのを聞いたことがあって、調べたら、NHK放送文化研究所の2024年「日本語のゆれに関する調査」にあった。

毎日ことば 「やや少ない」ことを表す「弱」ですが

文研トップ > 調査・研究成果 > ことばの研究
"ご連絡くださった件,把握いたしました"
〜2024年「日本語のゆれに関する調査」から(1)〜
https://www.nhk.or.jp/bunken/d/research/kotoba/BUNA0000010750010004/

図はPDF から


若い人に多いのは確かなんですが、高齢の人にも(私基準だと)結構いる。

この話を最初聞いた時、地震の震度が「6弱」、「6強」のような言い方をする影響じゃないかと思った。
震度6弱 ・・・ 震度6のうち小さい方
震度6強 ・・・ 震度6のうち大きい方
と捉えられているんじゃないかと。
→ 気象庁「震度について」 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/shindo/

これを援用すると
1000円弱 ・・・ 1000円台のうち小さい方 = 1000円を少し超える金額
1000円強 ・・・ 1000円台のうち大きい方 = 1000円をかなり超える金額
と考えられているのではなかろうか、きっとそうに違いない。

と考えていました。

しかし、上記の気象庁のサイトにはこんな文書がありました。

そしてここにはこんな表があります。

震度6弱 ・・・ 計測震度5.5以上6.0未満
震度6強 ・・・ 計測震度6.0以上6.5未満

もともとの「〜弱」、「〜強」の定義にあっている! 

私の推測が間違っていました、申し訳ありません。

でもね、気象庁も、もうちょっとこの辺のところを周知してくれた方が良いと思う。もっと言えば、「6+」、「6-」のような表記に変えてくれた方が誤解が少なくて良いのではないか。まあ気象庁としては、10段階の震度の段階の順番に誤解がなければそれでいいのかもしれませんが。



2026/07/24

年齢を感じる誕生日

おはようございます。

今年の人間ドックで、尿潜血が見つかったため、精密検査を受けたところ、膀胱内に腫瘍があることがわかりました。膀胱癌の可能性が高いので、切除手術をすることになりました。6月30日に入院して、7月1日に手術、7月9日に退院でした。腫瘍が尿管(腎臓から膀胱につながる管)に近かったため、切除の影響で尿管が圧迫されていたため、ステントを入れており、来週また病院へ行って取り除く予定です。

比較的容易な手術という印象を受けていたのですが、退院後1週間しても排尿時の痛みが軽減せず、診てもらったところ手術の影響か前立腺が肥大しているということで今は肥大を抑えてる薬を飲んでいます。ステントを入れている関係で尿管逆流が発生しやすく、腎臓内の腎盂が腫れているということで、その痛みがあり、鎮痛薬も処方してもらいました。また散歩程度の運動でもステントが擦れるため、血尿が出ます。

そういう訳で、今日誕生日ですが、しばらくは大人しくしています。昨年は長野県までドライブ旅行に行っていたのですが、アルコールも血尿がなくなるまでお預け。

その前に、視力に異常があることがわかって眼科を受診したら、加齢黄斑変成という病気だということがわかりました。どういう原因で発症するのか聞いたら、「加齢です」という答えでした。眼球に注射するという治療法が通常使われて、多くの人は1回の注射で劇的に改善するそうですが、私の場合は改善の度合いが少なかったため3回行いました。結局完治していないので、今後はこの状態の目と付き合っていくことになります。

なるべく長生きしたいので、食事や運動に気を付けてきたつもりですが、日常の運動では膀胱も目も鍛えられていなかったみたいです。当たり前か。今後もいろいろなところに不具合が出るんだろうと思いますが、受け入れていくしかなさそうです。その中でどう有意義に生きていくかを考えることが今後の課題だと思います。

7月27日追記:

「膀胱癌の可能性が高い」と書いていましたが、生検の結果が出ました。やはり癌でした。再発する確率が50%くらいあるので、今後経過観察を続ける必要があります。特に最初の1年は3ヶ月ごとに内視鏡検査を行います。今日ステントを除去する手術も行いましたが、尿道に内視鏡を通すのは結構辛いです。これが3ヶ月ごとにあるのかと思うと憂鬱になります。やめたろか、いやいやそれで再発を見逃したら何にもならないぞ、という訳でこれも運命と受け入れます。

2026/05/17

勝てるタイヤならそれが石でできていたって構わない

 ... って海老沢泰久の小説で読んだ気がするのだけど、調べてもよくわからない。

Google検索 (AIによる概要):

勝利至上主義の潔いお言葉ですね。どんなに常識外れな素材(石)であっても、結果として「勝てる」のであれば手段を選ばない、という徹底したプロフェッショナリズムや覚悟が感じられます。モータースポーツや勝負の世界における究極の合理性を見事に表した名言だと思います。

というだけで検索結果は一つも出てこない。

生成AIに聞いてみたらどうだろうか。

ChatGPT (無料版):

「勝てるタイヤならそれが石でできていたって構わない」という言葉は、モータースポーツ界隈でしばしば引用されますが、確認できる明確な出典はかなり曖昧です。

一般には、F1のチームオーナーだった エンツォ・フェラーリ や、レース関係者の思想を要約した“俗説的な名言”として扱われることが多いです。ただし、本人の公式発言として信頼できる一次ソースは見当たりません。

意味としては、

「勝つためなら素材や常識にはこだわらない」
「性能こそ正義」

という、レース界の極端な勝利至上主義を象徴する表現ですね。

日本では、かなり意訳された形で広まっている可能性もあります。

ふむふむ。海老沢泰久の小説では、ドライバーの発言だったと思う。

Claude (Sonnet 4.6):

これはF1ドライバーのアイルトン・セナの言葉として広く伝えられています。 
ただし、正確な出典や原文の確認が難しく、セナの言葉として「伝えられている」ものの、真偽や原典については注意が必要です。F1界隈ではセナにまつわる名言として多く引用されています。 
もし正確な出典を調べたい場合は、ウェブ検索で確認されることをおすすめします。

 言っていることが全然違う。正確にはわからないので、ウェブ検索しろ、というのは誠実でよろしい。

ではGeminiはどうだろうか。

Gemini:

その言葉、モータースポーツの歴史に残る最高に痺れる名言ですよね。

これは1970年代のF1で、フェラーリなどの名門チームを相手に独自の革新的なマシン(ファン・カーや6輪車など)で挑み続けたブラバム(Brabham)チームのオーナー、バーニー・エクレストン(後のF1最高責任者)の言葉です。

勝利という究極の目的のためには、手段や常識、見た目、そして素材の既成概念すら一切関係ないという、徹底した結果至主義とプロフェッショナリズムが凝縮されています。

このセリフの背景にある、彼の徹底ぶりを物語るポイントをいくつか挙げます。

勝利への異常なまでの執念

  • 機能美の極致: モータースポーツにおいて、美しさや伝統よりも「1秒でも早く走ること」だけが正義であるという思想をこれ以上ない形で表現しています。

  • エンジニアへの信頼と要求: 当時ブラバムの天才デザイナーだったゴードン・マレーらに対して、「レギュレーションの限界を攻めて勝てるモノを作れ、素材が何であれ俺は受け入れる」という強いバックアップ(と同時に凄まじいプレッシャー)でもありました。


ビジネスや開発の現場でも、手段(ツールや特定の技術)にこだわりすぎて目的(成果やユーザーの満足)を見失いそうになったとき、この「石のタイヤ」の精神はガツンと響くものがあります。

「要するに、勝てば(目的を達成すれば)何だっていいんだ」

という、冷徹でありながら最高に熱いマインドセット。今見ても全く色褪せない名言です。

これも違う人で、結局答えはわからないのだけれど、他の分野にいる人も鼓舞する熱い文章は嫌いじゃない。