2007/06/28

雲を大砲で撃ち落とす

おはようございます。みなさん、水に「ありがとう」って言ってますか?
今回もビッグイシュー 73号の特集「"水"赤字国、日本」から。
水の豊富な中国南部に対して、北京を含む中国北部では水不足に悩まされており、人工降雨が盛んだと言う。雨雲に対して沃化銀を地上から大砲で撃ち込んだり、飛行機で撒いたりする。
雨雲があったら自分の周辺に雨を降らせるということで、川の水や地下水の争奪戦だけでなく、雲まで争奪戦が繰り広げられているという。お金の大小によって水を確保出来るかどうかが決まる、ということであると指摘している。
これは中国国内の争奪戦だが、国土の狭い国が集まっているところでは国同士の争奪戦が起きる可能性があるということになる。そうなってくると本当の戦争に発展する可能性だってあるだろう。
以前聞いた話だが、アスワンハイダムなどの大規模開発では、気候さえ変えてしまう恐れがあるという。あからさまな収奪ではないので、環境に悪影響を受けた国にとっては正面切っての批判はしにくいだろうが、特に小国が影響を受けた場合には死活問題であろう。

2007/06/26

"水"赤字国、日本

おはようございます。"Water Business"って最近はどっちの意味が優勢なんだ?
タイトルはビッグイシュー 73号の特集のタイトル。
水が豊富な日本で、「水」が赤字、ってどういうこと? と思いますよね。水が輸入超過という意味です。それは、エビアンやコントレックスの輸入は多いけど、日本の天然水が輸出されていないという意味でもありません。
問題にしているのは「ヴァーチャルウォーター(間接水)」。輸入される農作物、食肉などを育てるのに使われた水を示す言葉です。つまり、農作物を輸入しているということは、輸出国の水を使っており、間接的にその水を日本で消費しているという意味になります。
この言葉を聞いたのは実は今回が初めてではないのですが、最初に聞いた時は、そのための代金を払っており、それらが輸出国の収入、生活向上に役立っている訳で、問題はないんじゃないのと思っていました。アメリカがCO2の排出権を買わずにCO2を排出することで、実質的に搾取を行っているのとは全く違うと思っていました。
確かにそれは間違っていないのだけれど、地球全体を考えてみると、利用可能な水が減少している訳で、そのうち間接水として輸入出来る水も少なくなってくるということを意味します。間接水として輸入出来なくなるというとそんなに逼迫感はないですが、食糧が輸入出来なくなるということを意味する訳で。
海外で「水を育てる」という視点が必要なのだと思います。
「水」に関してはもう少し続けます。

2007/06/22

水の展覧会

おはようございます。ぴちょんくんです(ウソ)。
先週横浜美術館で開催されている「水の情景−モネ、大観から現代まで」展へ行ってきました。
昨日は、東京ミッドタウンに今年オープンしたサントリー美術館で開催されている「水と生きる」展へ行ってきました。
横浜美術館のほうは、横浜市が2007年に水道創設120周年を迎えるということでの企画。サントリー美術館は、企業として「水」を大事にしていることがバックグラウンドにあっての企画ということでした。そういう意味で企画には直接つながりはないのですが、最近ビッグイシューで『「水」 赤字国、日本』という特集が組まれたり、NHK「激流中国」でも水不足の問題が扱われたりで、「水」も大きな環境問題として扱われていることとシンクロしているかもしれません。
昨日はやはり東京ミッドタウンにあるFUJIFILM SQUAREのヤン・ アルテュス=ベルトラン写真展-空から見た地球-』にも寄ってきたのですが、美しい海だけでなく、干上がったアラル海や、金精錬により汚染されたフィリピンの海の写真など、やはり水の重要性を認識させる展示だったと思います。
展覧会に戻ります。サントリー美術館は所蔵美術品の展示で、特に日本の古美術がほとんどだったので、実は私にとってはあまり興味を引かれるものじゃなかったというのは正直なところです。会期中に展示替えがあって、「円山応挙《青楓瀑布図》は後期(8/1〜8/19)に展示されます」というのも残念だったな。ちゃんと調べていけば良かったのだけど。その中で一番良かったのは薩摩切子。欲しくなりました。
横浜美術館のほうは、訳の分らない現代美術もあって楽しめましたよ。いつも現代美術になると「訳の分らないところがよい」としか表現出来ないのが底の浅さを露呈しているのですが。
環境問題としての「水」も書かないとね。最近またペースが落ちてますよね。自衛隊による市民の監視の問題とか、ブログを含めたメディア規制の問題とか、もちろん参院選とか書かなくちゃいけないというか書いておきたいこともたくさんあるのですが。

2007/06/19

どんだけ青春ですか

こんばんは。人工無脳です(納得するなー)。
「私の脳内・・・・」 (sprewell8_daisukiさん)、「流行の脳内何とか・・。」 (nsudouさん)で知った「脳内メーカー」、やってみました。普通やっても誰かのコメント欄に書くくらいなんだけど、報告する必要のある結果が出たので。
最初「脳」がぎっしりつまっていると思ったのですが...
うそこメーカー
yoshihirouedaの脳内イメージ
つまっていたのは、「悩」でした。とほほ。
一方、本名(姓と名の間にスペースなし)でやった結果は...

ウソのあいさつばっかりやっているから、こうなった。
実は、はりーさんの断食に対して、「脳の50%は"食"で出来てるから、私には無理」と書こうと思っていたのよ。なんかタイミング良いねー。結果は全然違ったけど。

参戦者のみなさん
【やっぱし】 愛 【そうだった】 (104hitoさん)
脳内メーカー (t2minaさん)

2007/06/15

消費税増税キャンペーンだと思っていたのだが

おはようございます。ハリーポッターシリーズももうすぐ完結らしいですね。その後は「ハリー仙台編」シリーズが始まるらしい(ウソ)。
申告漏れ:ハリポタ翻訳者、7億円追徴「確定」へ (毎日新聞 2007年6月12日)
最初に「申告漏れ」の記事が出たとき、
・裁判で国税庁が負けて、
・海外に住民票を移すという裏技が明らかになって、
・「ほーら、所得税重視にするとこうなっちゃうでしょ」といって、
・やっぱり消費税増税に
というシナリオだとかんぐっていたのですが、マジで争っていたのですね。失礼しました。

2007/06/12

普通の役者のときは「今回の役柄は...」というところで...

... 三上博史の場合には「三上博史の今回の人格は...」といわれる。
すみません、若い人にはわからない冗談ですね。

2007/06/11

不適切なメッセージは混乱の元凶

みなさん、こんばんは。Mac同盟の一員です。
MacのWebブラウザSafariで、Webの画像を保存する方法を巡って起きた一連の混乱(あとでまとめます)ですが、その中で
「この書類の末尾に.jpgという拡張子を付けて保存することはできません。必要な拡張子はwebarchiveです。両方の拡張子を使ってファイル名の末尾を“.jpg.webarchive”として保存することができます。」
というメッセージが出る、というのがありました。
・Macでは拡張子によってファイルフォーマットを区別する訳でない
・拡張子を自分でつけられる訳ではない
・それなのに拡張子を2つつけられるとはどういうこと?
と思っていましたが、
t2minaさんの「おたま生還その1」で詳しく一連のステップが記述されていたのでようやくわかりました。
この中の(2)で、
名前を→「自転車1.jpg」に変更
ということを行っていたということ、
結局これは".jpg"という拡張子をつけたのではなく、".jpg"で終る名前を付けたという訳です。
それなのに、Safariが出してきたメッセージ(再掲)が
「この書類の末尾に.jpgという拡張子を付けて保存することはできません。必要な拡張子はwebarchiveです。両方の拡張子を使ってファイル名の末尾を“.jpg.webarchive”として保存することができます。」
と、あたかも".jpg"が拡張子であるかのように思わせる内容だった訳です。しかもご丁寧に「両方の拡張子を使って」と書かれおり、あたかもファイルフォーマットとしてJPEGも有効かと誤解させる内容です。
ソフトウェア開発者は、コンピュータと対話していれば良いと言う訳ではなく、自分が作った作品(プログラム)の先に人間がいること、その人間と作品を通じて対話するということを忘れてはいけません。自戒の意味を込めて。

2007/06/07

名前を変えれば違う会社

いやもちろんここでは名前を変えたという訳ではないのだけど。
毎日新聞 2007年6月6日 11時34分: コムスン:厚労省、介護不許可 撤退は不可避か
毎日新聞 2007年6月6日 23時47分: コムスン:連結子会社の日本シルバーサービスに譲渡 (→ 魚拓)
社会の底辺ではよく使われる手なのかもしれないが、こういう手が通用するのなら制裁の意味がない。
一方こんな観測も。
切込隊長BLOG : コムスンはどうなってしまうの
 「コムスンが指定打ち切られた。終わりだな」という議論に安易になりやすいんだが、不採算の事業を国のお墨付きで傷口が広がらないうちに撤退できることになったとも言える。もっと採算性の高い人材派遣や請負の仕事に特化できるようになってしまうジレンマもあるのであって、初めてこのニュースに接したとき「また焼け太りか」と思ってしまった。
撤退しないということはまだ旨味のある事業だということで、というよりも別の旨味が見つかっているのかもしれない。そしてそれはきっと現在サービスを受けている人々にしわ寄せが行く形になると思われるのだ。