ラベル 誤用 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 誤用 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/05/19

「課金」の誤用が気になる

最近「課金」が話題ですね。

ネットを見ていると、「課金する」という言葉が「料金を課する」という意味とは逆の「料金を払う」という意味で使っていることに気づく。実際にゲームをやっている人が「課金する」という言い方をしているのだ。

ドリランドに課金しすぎてヤバイことになった:キニ速

この人はユーザーみたいですが、次のKAWANGOってドワンゴの社長じゃないの? (「ドワンゴ会長?「kawango」氏、人力検索はてなで質問中 ほか」をみると会長みたいですね。本人は否定しているそうだけど)。 課金する側だけど、あきらかに「会員が課金する」という使い方をしている。

Twitter / KAWANGO: 今週はじめてわかり、ドワンゴ社内で衝撃が走ったある数 ...(リンク先ははてなブックマーク - もとの投稿は消されているようだ)
今週はじめてわかり、ドワンゴ社内で衝撃が走ったある数字を紹介する。ニコニコのプレミアム会員80万人のうち、携帯のメールアドレスで登録して課金しているのは18万人。そのうちPCでのアクセスを一回もしていないユーザは11万人。
他にも以下のような記事で「課金」が「支払う」意味で使われている。
最初にこの現象に気がついたのは4年前。

「人はなぜゲーム内アイテムにお金を払うのか」 デジタルジェネレーションが生んだ新しい経済価値について,成蹊大学の野島美保氏にあれこれ聞いてみた

ブックマークコメント
「鯖代の足しにしてください」「運営がんばってください」というメッセージを添えて課金(しかもあんまり有利にならないのに)してくれるユーザーばかりです。
というのがある (前は複数あったように思うのだが)。

この記事本文は明確に「お金を頂く」方の立場から書かれているので、この記事を読んだ人の中では誤用はすくないということはあるだろうが、これ以降数年で誤用が定着しているように感じる。

もう少し調べたらこんな情報があった。

課金とは (カキンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
本来この言葉は「料金を課する」、つまり提供者が利用者から料金を徴収することを指すのだが、インターネット上では主体が完全に逆転した解釈のほうが定着している。

「課金されたものに納金する」→「課金する」のように略された形になる。

税金を納めることを"納税"と言わず"課税"と言うぐらい異なった用法である。

とは書いてあるものの、その後は
インターネット上で課金と言えば主に、オンラインゲームなどの内容に利用料金を払うことを指す。使用料を払うこと。
として、その用法で統一してある。

「大百科」にこういう書き方されては、それが正しいと思うよね。KAWANGO氏もここで勉強したんではなかろうか。

ところで、このことを書いたらツイッターで松永英明氏から以下のようなコメントをいただいた。

@ryokan 課金を「金を課す」ではなく「課される」の意味で使って違和感がない人たちって言語感覚鈍いですよね。
8:33 AM - 14 May 12 via モバツイ / www.movatwi.jp . · Details

私はこれに対して、

@kotono8「課される」の意味でも使っていないと思います。「課金する」と能動態で使っていますから。本来の意味とか考えたことないだろうと思います。
8:14 PM - 14 May 12 via Twitter for iPhone · Details

と書いたが、松永氏から

@ryokan 受身形じゃなく意味だけ受け身という気持ち悪い表現はいくつかあるように思いますよ。「商品が店で売ってる」(売られている、ではなく)という表現もありますので、「金を課されることをする」で「課金する」に違和感がない人たちがいそうです。
9:00 PM - 14 May 12 via TweetDeck · Details

とまたコメントを頂いた。これに対しては私はうまい説明をもっていません。

別の観点で「〜を課する」ものとして「課題」があるが、これの反対語には適切な言葉がない。「課題への回答を提出する」、さらには、「課題を提出する」というような使い方になってしまう。あとは「課題やらなくちゃ」のように「課題 - する」という形で使われるのではないか。こういうところから「課金 - する」という使い方になったということも考えられる。

いずれにせよ、「課金」を「お金を払う」の意味で使うのは、現段階で誤用といえるだろう。私は言葉の意味の変遷には寛容なほうだとは思うが、全く逆の使い方が併存してはコミュニケーションを阻害するので避けた方が良いだろう。

たとえ国立国語研究所が許しても、このウエダが許しません。

2009/11/23

いちるの歯型

こんにちは。ご無沙汰しておりました。

なんかね、ブログの書き方忘れちゃって。いくつかイベントに行ったので、すこしまとめておこうと思います。また、気づいたことのメモを引っ張りだしてまとめたいと思います。

まず、この表題「いちるの歯型」。えっ、何?と思うでしょ。新聞の見出しにあったものです。

釜山射撃場火災:「いちるの歯型」生存確認 (毎日新聞 2009年11月17日 → 魚拓)

「いちるの望み」以外の使い方を初めて見ました。初めは「いちる」という人名かと思いました。ピヨピヨ。
 当初、家族が死亡を確認したものの、後に生存が判明した長崎県雲仙市の中尾和信さん(37)は、全身の90%にやけどを負っており、意識不明の重体。17日にも皮膚移植手術が行われる。

家族は15日夜にも中尾さんが搬送されていた釜山市内のハナ病院を訪ねたが、中尾さんの外見は見分けがつかないほど皮膚の損傷が激しかったため、本人ではないと判断。同行した雲仙市職員らに、別の遺体を中尾さんと取り違えて確認してしまうほど気落ちしていた。

しかし、16日になってから、口を広げて歯並びを撮ったパノラマ写真を持って再び病院を訪問。中尾さんは口に吸引ホースをくわえた状態のため、すべての歯並びは比較できなかったものの、前歯の特徴で本人特定に至ったという。
「いちるの望みの歯型」という意図なんでしょうが、「いちる」を「いちるの望み」の短縮形として扱うのは誤用なのではないかと思います。

「いちる」の辞書内容を見てみると、

Yahoo!辞書 - いち‐る【一×縷】
1 1本の糸。また、そのように細いもの。
・「船は—の黒烟を波上に残し」〈鉄腸・南洋の大波瀾〉
2 ごくわずかであること。ひとすじ。「—の望みを残す」
となっています。

「る (縷)」は、いとへんがつくことからも想像がつきますが、「 (糸のように) 細い」ことが含意されています。「望み」に対しても、糸のように細い手がかりをたぐっていくという比喩的な用法と思われます。「わずか」という意味も書かれていますが、これも量というよりも、太さまたは糸の数にかかるものだと思います。

新聞で使われているのは規範的な表現と一般的に見なされている訳で、誤用が定着する危険を感じてしまいます。

2008/07/12

きぅ

そういえば、「憂慮する」とか「懸念する」とか言うべきところで「杞憂する」って使う人いるよな。

あ、今特定の人を指して書いている訳じゃないので、気にしないで。

Google検索: 「杞憂すべき」 → 約 89,600 件
-- これはほとんど間違いだと思う。

Google検索: 「杞憂する」 → 約 486,000 件
-- 「杞憂する前に...」とか、「ひたすら杞憂するスレ」とか正しく使われているようだ。

Google検索: 「杞憂される」 → 約 253,000 件
-- 「いろいろ杞憂されるより...」など「尊敬」で使われていて間違いじゃないのが多い。[→ 追記]

Google検索: 「杞憂します」 → 約 287,000 件
-- これは自分のことを言っていて間違いの場合が多いんじゃないかな。

「用杞憂」っていうのもあった。なんだろうと思ったけど、「要求」の書きまちがいのようだ。
ところで、辞書をひくと(三省堂提供「大辞林 第二版」より「杞憂」)、用例に
「深く政府の為に?する処なり/新聞雑誌 54」

というのがあった。たぶんこの主語は一人称なので、上の「杞憂します」のところでは誤用だろうと書いたのですが、「取り越し苦労であってほしいけど私はこういう心配をしている」という複雑な心境を含んだ文なのかもしれない。ということは検索結果にもそういう心境を含めたものがあるのかもしれないね。

追記: コメント欄にも書いたが、私は「杞憂」を動詞として使ったことはないと思う。というか動詞として使われることを知らなかった。今回調べていて思ったのは、動詞として使う使い方はやっぱり自分には受入れ難いなということ。たとえ「杞憂される」として尊敬の助動詞をつけたとしても、「あなたの考え方は取り越し苦労に過ぎない」というニュアンスが含まれる。もっといえばそこには考え方の姿勢そのものを否定するニュアンスが感じられる。それだったら、「XXXというのは (YYYなので) 杞憂だ」というように具体的に杞憂である点を (理由を含めて) 指摘した方が良いと思う。

追記(2): 追記した内容に関して、お前今まで知らなかったのかよ、なんて指摘されたらどうしよう・・・

どこかで動詞として使ったことがあるのを単に忘れていたりしただけだったらどうしよう・・・

「きぅ」ってなんだよ、って言われたらどうしよう・・・

2005/07/13

やばい日本語力 (この「やばい」は正しい使い方)

こんばんは。金田一秀穂です (ウソ)。

昨年「言語は生き物、だけど...」で話題にした「国語に関する世論調査」。毎年やっているんですね。

毎日新聞 2005年7月12日
国語世論調査:慣用句は20代以下の方が正しく使う!?

まだ文化庁のホームページに発表が出ていないので詳しいことは分かりませんが、今年は私が分からないのは入っていないように思います。

でもちょっとびっくりなのが、「汚名挽回」(正しくは「汚名返上」)、「枯れ木も山のにぎわい」などで間違えている人の多さ。これって間違いをネタに楽しむもの (誤用辞典によく載ってます) で自分で間違っていてはしゃれにならない。さらには、中高年のほうが正解率低いというのはどゆこと?

NHKテレビでは、「ビートルズ世代が今の50代、60代になっている」という解説がなされていました。うーん、ビートルズよりもマンガ世代、全共闘世代と言ったほうがいいかもしれませんね。大学ではバリケードの中で少年マガジン読んで投石していた人達。まあ大学で慣用句は教えないと思いますが、慣用句なんて受験のために学ぶのではなく、大人になってからも少しずつ身に付けていくものですよね。

「やばい」の今の使い方を知ったのは、V6が「おいしい」という意味で使っていてびっくりしたのが最初でした。でもこのときは「やばいくらいにうまい」(= 「こんなにうまいもの食べちゃあ、これから普通のもの食べられなくなるよ」) という意味で使ってるんだろうなあと好意的に解釈していました。違うのね。「かわいい」と同じくらい何でも使うんですね。

やはりNHKの解説では「すごい」も昔は「ぞっとするほど恐ろしい」という意味だったが今は「すばらしい」の意味になった、と言っていました。そうかな。まだプラスにしてもマイナスにしても「程度が飛びぬけて高い」という意味のように思うのですが。そういう意味では「やばい」が何でも使えると言うのは、程度がとびぬけている様をあらわしているようにおもいます。

それから「微妙」。「本来は、言い表せないような細かい複雑な様子を示す」のならば、「いいか悪いかの判断がつかないときに使う」のは誤用とは言えないと思うぞ。でも実際の使用のされ方は「悪いと言いたいんだけれども、断定するほどでもないし断定するとまずいので、なんかいいところも探さなきゃ」って感じですか。

ところで、PRESIDENT2005年8.1号は、特集:実証「話し方」。なんか「頭がいい人、悪い人の話し方」みたいで、ちょっとやな感じですが、「知らずに恥かく「間違いやすい日本語」辞典」なんてページもあります。ここにはちょっと惹かれた。明日買ってみようかな。うちには校正の天才がいて、間違いがあったらすぐに目に飛び込んでくるのだ。私もときどき恥ずかしい間違いをしてますし、気をつけないと。とくにこういう夜中に書いているのはやばいのだ (この「やばい」は正しい使い方、ってしつこい)。

コメント
 Commented by sofia_ss at 2005-07-15 18:29 x
日本語は変化していく言葉ですけど(よく言えば活きてるってことかしらん)どう考えても、それは使い方違うでしょ?ってのも、ときにはありますね。言葉自体もそうだけど、表現の選び方も・・・。最初から敬語で日本語習ってる外国の方のほうが、綺麗な日本語を使ってますねぇ。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-07-16 02:31 x
★そふぃあさん、
言語はコミュニケーションの道具ですから、使い方が違うことによってコミュニケーションがとれなかったり、逆の意味に取られてしまったりしては役に立ちませんよね。一方で、(若者同士を含め)ムラ社会ではその中で通じる符牒などで通じることも多い。ムラ社会に篭って生きてきた人よりも、日本語習ってる外国人のほうが、綺麗な日本語を使うようになるのは当然かもしれません。