2005/01/10

文句をいうなら汚したほうへ言え

こんにちは。杉原千畝です (ウソ)。

こんなニュースがありました。

毎日新聞1月10日 (リンクはYahoo!ニュース)
少林寺拳法 「卍」紋章を変更 香川・多度津の本部
(新しいマークは少林寺拳法オフィシャルホームページからリンクをたどって見て下さい。今のマークも出ています。)
「卍」はナチスのかぎ十字(ハーケンクロイツ)を裏返した形になっているため、欧米のユダヤ人団体などから反発が続いていた
って逆だろ。まんじが先にあって、ハーケンクロイツがそれを裏返しにしたものだ (補足: 成立は違うけどね)。

ユダヤ民族の諸君へ。ハーケンクロイツを連想するのは分かるが、文句は卍を穢したドイツ民族に言え。

ドイツ民族の諸君へ。私達が卍を穢しました、ごめんなさい、卍に罪はありません、我々が悪の象徴とするために卍を「裏返して」使いました (補足: design-lifeさんのコメントにありますが、逆卍ももともとあって、いい意味をもっているそうですね)、って全世界に発信しろ。毎年各国の主要紙に全面広告をだせ。ユダヤ民族が納得するまでだ。ドイツ民族にはもっといいたいことがあるが、人道的見地から控えておきます。

少林寺拳法グループの皆さんへ。卍は君たちだけのものじゃない。君たちが折れたら卍全部が使えなくなるまでいわれなき批難が続く。猪木だって必殺技が封印されたら困るだろ。使ってきたんだったら最後までちゃんと主張しろ。「世界中に少林寺拳法の普及」なんて利己的な理由と天秤にかけるな。

記号をけがすな。記号に罪をおしつけるな。卍がハーケンクロイツを連想させるというのなら、世界には虐殺や侵略のシンボルそのものといえるものがたくさんある。ダビデの星はパレスチナ侵略虐殺の象徴だ、十字架も中東と中東までの経路に対する侵略と略奪を行った十字軍の象徴だ、二度と使うな、と言われたら皆さんどーする?

補足: 日の丸もずっと昔から使っているものだ。侵略戦争のシンボルだから使うなと言う論調はおかしいだろ。

たとえアラファト議長が許してもこのuedaが許しません。

コメント
Commented by n_ayada at 2005-01-10 15:53 x
>ダビデの星はパレスチナ侵略虐殺の象徴だ、十字架も中東と中東までの経路に対する侵略と略奪を行った十字軍の象徴だ
このへんの歴史認識は、もっとしっかりする必要がありますよね。私も含めて、勉強しましょう。

 Commented by night_in_tunisia at 2005-01-10 17:05 x
イスラム圏の人にしてみたら十字架は侵略のシンボルなんじゃないかなー。いや、よく知らないけど。僕はうえださんに賛成。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-10 20:36 x
★n_ayadaさん、勉強するのはやぶさかでないのですが、どう勉強したらよいのでしょうね。
一部だけ切り取られて引用されると誤解を受ける可能性がありますが、私ダビデの星や十字架を使うなという論調に与していません。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-10 20:36 x
★night_in_tunisiaさん、コメントありがとうございます。自分の見方が全てではない、自分の価値観だけで他者を否定するなということを言っています。もちろん、人命、人権、愛など人間に共通する価値観はあるべきだと思いますが。

 Commented by fumi_o at 2005-01-10 23:45 x
お久し振りです♪
全然話は違いますが、青森県弘前市の銘菓に
#卍最中(まんじもなか)
というのがあります。:-)
こちらのサイトで確認できますよ。↓
http://ajiwai.or.jp/ajiwai_data/no146/page_02/page_02_data.html

 Commented by n_ayada at 2005-01-11 00:54 x
私の文章力が無いばかりに、言いたかったことと反対の意味に受け取られたようです。この記事には賛意を示したつもりだったんです。
反省・・・・・

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-11 04:12 x
★fumi_oさん、いらっしゃいませ。コメントしていませんが私も継続して拝見しています。卍って弘前市の市章でもあるんですね。で、弘前市のホームページも見てみましたが、宗教的な意味はもたせてないんですね(弘前市のホームページの「市政」の下に「市議会」や「産業」と同じレベル、しかも「産業」の前に「りんご」ってあって微笑ましい)。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-11 04:17 x
★n_ayadaさん、真意を誤解して申し訳ありません。あの部分はわざと挑発的に書いて、自分でもぴりぴりしていたので、あの部分だけ取り出されると誤解を受けたかと思いました。
賛同いただけてありがたいです。

 Commented by まきこ at 2005-01-11 19:20 x
にゃはは。おもしろい。
ハーケンクロイツは、ナチス党の党章だから、もしこれを誰かが使い出したら「おまえどういうつもりでそれ使ってるんだ」っていわれるのは当然ですよね?
日の丸は、大日本帝国の旗なわけじゃないからOK? 
ってことは、大日本帝国の面々は、日本のみなさんに、「みなさんが親しんできた旗を侵略に使って、嫌われる旗にしてしまってごめんなさい」って謝って、侵略した国々には「みなさん、私たちはこの旗を使って侵略しましたが、これはもともと侵略のシンボルではありません」ってわかってもらうまで説明する必要があったってことになるのかな?
そうかもねー。でなきゃ、あの旗、使いにくいですよね。
ところで日の丸って、大日本帝国以前から日本の人たちに親しまれていたのかな。よくわかりません。

 Commented by design-life at 2005-01-11 23:46 x
この記事確かに気になりました。デザインに身を置く者として、安易に謝罪して欲しくないものです。アメリカの友人とも話していたんですがユダヤの人々は、特に被害妄想が強いのかこの手の事(言い出したらキリがないし、同じような矛盾も秘めているのに)に神経質になっていますよね。マークを問いただすより、本質を問いただして欲しい。ちなみに卍ネタで言うとインドネシアの「スワルテチィカ」という逆卍の紋章(と言うかシンボル)があるのですが、それは幸福の象徴でもあるんです。たった一つの言いがかり(言い過ぎかもしれませんが)が諸民族の文化を犯すのはおかしいことです。。

 Commented by hrcod at 2005-01-12 18:46 x
はじめまして。
記号の持つ力というか、与える影響にびっくりしました。自分を表す一つのツール、または象徴としての意味の上に、いろいろなものを背負って成り立っているものなのだなぁ、と感じました。それだけ影響のあるものとして、その対象としてデザイン(記号)は意味あるものだと痛感しました。しかし、その一方で「記号に罪を押しつけるな」という一節にはとても共感します。
それにしても、時には吐き捨てていたり、それでいて鋭い文章。こんなに爽やかに共感できたのは初めてです。思わずコメントしてしまいました。

 Commented by smpinkd at 2005-01-12 22:49 x
はじめまして。色々と考えてしまいました。もっと勉強しなきゃ。
僕なんかは単純に世界的に広めたいのなら仕方ないんじゃないかと思ってました。少林寺拳法の関係者にしてみれば、グローバルに展開して、いずれは「オリンピック競技」になんてことの方が重要なんですよ。伝統よりも繁栄の道を選んだのですね。きっと。
この新しいマークが卍を超えるものだったら大拍手だったんですけどね。って話題が逸れてしまってますね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:05 x
★たまごの距離のまきこさん、いらっしゃいませ。そんなにおもしろいですか?
私は「大日本帝国の面々」と日本民族を分けて考えていません。反戦を貫いた人もいるでしょうが、日本全体が戦争を歓迎または容認する空気になっていたのだと思いますので。といって批判するつもりもなく、ただ今後二度と過ちは繰り返しませんという決意につなげたいと思っています。
他国のシンボルをけがした訳ではないので、積極的に謝る必要はないと思いますが、日の丸が侵略のシンボルだと言われたら、そうではないことを根気づよく説明して行くしかないかと思います。もちろん多くの日本人がそこまでして日の丸にこだわる必要ないと思うのなら別なのですが、私は日の丸のデザインには愛着がある。色を3つ並べたデザインが多い中で、シンプルでユニーク、力強いデザインだと思う。鉢巻きに日の丸描いて「合格」なんて書けば勉強にも身が入るというものです。
話がそれました。日の丸の歴史は古いはずですが、どれだけ親しまれていたかに関しては分かりません。日の丸の歴史は国粋主義的な観点から書かれたものは多くみつかるのですが、客観的な記述を見つけることができません。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:16 x
★design-lifeひらさわさん、トラックバック+コメントありがとうございました。おかげさまで今日のアクセス倍増しており、とってもありがたいのだけれど、とってもコッパズカシイデス(ってすみません、PROP DESIGNさんの文章をパクってみました)。特にデザイン関係の人にとってはコンセプトから考えに考え抜いて作ったものに別の意味を与えられ、さらに謝罪すると言うことは相手の主張を認めることで受け入れがたいと思います。
おっしゃるとおりこれは「文化」であって、「文化」というのは「共有する価値観」のことです。それを否定するのが、一神教の宗教をもつ民族の不寛容性だと思います。
http://ryokan.exblog.jp/796210

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:30 x
★ hrcodさん、いらっしゃいませ。
言語は私のテーマの一つなんですが、言語も記号の一種で、同じような力を持っています。次の記事も関連していることを書いているので読んでいただくとありがたいです。うちの奥さんからはそんなかたいテーマで書いても誰も読んでくれないんじゃないのと言われているのですが。
http://ryokan.exblog.jp/1495261
それから、文章に関して過大な褒め言葉をいただきありがとうございます。てれるなあ。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:45 x
★smpinkdさん、いらっしゃいませ。
smpinkdさんもデザイン関係か建築関係なんですね。どちらにしろ新しいデザインを作る場合にはターゲットに響くだけでなく、多くの人に受けいれられるものにするのは重要だと思います。ただそのために伝統を犠牲にしてもらいたくないです。

 Commented by 鍵 at 2005-01-14 13:50 x

 Commented by あのう at 2005-01-14 19:08 x
>まきこさんは
みしるしもって戦争や紛争を人間は何千年やってたと思ってるんですか。
>ってことは、大日本帝国の面々は、日本のみなさんに、「みなさんが親>しんできた旗を侵略に使って、嫌われる旗にしてしまってごめんなさい」>って謝って
学校教科書受け売り程度の知識でよく言う。
中韓以外の国の当時の日本の対応とか国情しらべてみろ。
欧米的覇権侵略とまた違った側面がある。
インドネシアやフィリピン、台湾じゃ尊敬されてる日本人が沢山居た。
偶には相容れないかもしれんが対立側の情報も調べてみろ。
そんな浅はかな知識で国叩きなんぞ虫唾が走る。

 Commented by 聞きかじり at 2005-01-14 22:37 x
卍や逆卍は単なる記号でなくて漢字のように意味をもった文字(凡字、チベット仏教の文字)じゃなかったっけ? 卍は「和」を意味し、逆卍は「力」を意味して双方を持たざれば人々を涅槃に導くことができないんじゃなかったっけ?卍からハーケンクロイツを連想するのは容易に想像できるが、言葉を尽くして説明したのかな?という気はしますね。残念です。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 22:40 x
★錠さん、「少林寺拳法がナチスより前」とは書いていません。「卍が(ナチスの)ハーケンクロイツより前」と書きました。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 23:22 x
★あのうさん、まきこさんは、「ということは」で始めているので、仮定を置いた場合の話をしていると思います。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 23:24 x
★聞きかじりさん、逆卍の存在は知りませんでした。ありがとうございます。「言葉を尽くして説明したのかな?という気はしますね。残念です。」という点は私も同意します。

 Commented by SUSI at 2005-01-15 01:29 x
初めまして&既出だったらごめんなさい。
非常に不思議なんですけど、イスラエルはフィンランドやスウェーデンのルーセン伯爵家に文句をつけたことがあるのでしょうか? 青い逆卍(ハカリスティ)はルーセン家の幸福のシンボルであり、フィンランドは一時国章にしていました。さすがに紛らわしいので、1944年11月からは青十字を国章にしておりますけれども。現在でも、フィンランドにおいて青い逆卍はフリーパスです。
WW2時、NSDAPが意匠として使っていたのは45度右に傾けた逆卍で、正確には逆卍じゃないんですけどねえ。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 03:42 x
★SUSIさん、情報ありがとうございます。ルーセン伯爵家のことは初めて知りました。なにをもって反発されるのかよく分からなくなってきました。

 Commented by かかしA at 2005-01-15 05:53 x
『ゴルゴ13”裏切りのスワスチカ”』にこのネタがありました。
ハーケンクロイツはオカルトに傾倒したナチスが、スワスチカというチベットの卍をデザイン化したもの、と説明してありました。

原因は来歴も知らずに嫌う人の方にあるのでしょうが、「一々、頭に血が上った人たちに対応するリスクを負うよりはいっそ変えちゃったほうが楽だ」というのも、まあもっともな考え方かなと思います。
もしどこかの団体のように「我々の勝利だ」などと宣伝に利用されたらたまったものではないでしょうが、今の所そういった話はないようですし。

しかし政治の尻拭いを、無関係な第三者がさせられるというのは、非常に苦々しい話ですね。

 Commented by kotaro at 2005-01-15 07:25 x
少林寺拳法を少し習った者です。道着の左胸には卍の印がありました。級や段が上がっていくと,黒色卍が緑卍,赤卍,黄色卍などと替わっていくので,練習の励みにもなったものです。

少林寺拳法を学ぶとき,同時に教典を渡されました。中には,聖句,誓願,信条,道訓などが書いてありました。それらの教えの元に,鍛錬を積んだものです。自分のためと人のために。その内容は総本山のHPにもあります。ぜひ一読されたい。少林寺拳法は,自己確立と自他共楽のためにあるのです。

そのマークとしての卍が,理解なき怨恨によって変えられるというか,自己規制してしまわれるのが残念です。これには少林寺拳法総本山の開祖である故宋道臣先生も悲しんでおられるのではないでしょうか。

少林寺拳法を世界に広めるためには,その形だけ物理的にできていったってだめだというのは,やってる人間なら分かるはずです。卍マークも新しいマークと同様に広めていって,少林寺拳法がめざすものを文字通り説いていってほしいと願っています。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 11:17 x
★かかしAさん、コメントありがとうございます。逆卍の由来ですが、親衛隊の略称がSSでそれをデザイン化したものというのもありました。
http://www.ne.jp/asahi/mili/surva/dooberu/manzi.html
私は少林寺拳法グループにはもっと頑張ってほしかったのですが、民間団体に期待し過ぎなのかもしれませんね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 11:23 x
★kotaroさん、コメントありがとうございます。少林寺拳法はそういう理念も重要視しているのですね。そういう理念を学んだ方にとっても、その理念まで曲解されているような無念さがあるのはとても理解できます。

 Commented by newright at 2005-01-15 21:27 x
蒸し返すようですが日本の国旗が云々について・・・

ドイツが過去の過ちを悔いて逆卍を封印したことは相手の気持ちを慮った評価できる贖罪の方法ではあるでしょう。けれど一方の日本が戦中のシンボルでもあった日の丸を捨てなかったことはまるっきり過去から目を背けた開き直りなのでしょうか。
戦中の日本が何をしたとかしなかったとかいまさらな議論です。法的に裁かれ、賠償の責務もある程度果たしたはずのわたしたちがいまさら何を否定し、あるいは自らを貶める必要があるのでしょうか。
キリスト教の十字架はそもそも十字架に架けて神をその手で殺めてしまうという人間の犯した最大の罪を決して忘れないという意志によってシンボル化されたものです。
自らの過ちを認めて、それを繰り返さないために罪を背負っていくことは、そうした意思を保つ限りにおいて誇れる行為です。過去の罪をシンボルと一緒に捨て去って、わたしたちは変わりました、というほうがよっぽど楽なことだと思います。

ただそんなことをすっかり忘れて、旗についている汚れを躍起になって洗い流そうとするくらいなら、そんなものは捨てちゃったほうがいいですけどね。

 Commented by 赤井報道 at 2005-01-16 10:47 x
昔、十字軍の遠征で侵略されたイスラム諸国では、赤十字の十字はタブーなので旗が違います。旗の図案は「剣を持った赤い猿の絵」です。
やはりタブーになるんでしょうな。

だがそれに過敏になり、他人に強制をするのもどうかと思う。
人が嫌うものをわざわざ誇示するのは単なる嫌がらせでしょうが、別に
自分が嫌いなのなら避ければいいだけ。また卍や逆卍を使う方も、十分な説明をして自分に意図的な非は無いと理解させればいい。
相手の立場を理解し、無意味な言葉狩りや記号狩りをすべきではないと思う。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-16 14:16 x
★newrightさん、コメントありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。今後も平和を築いて行こうとする意志が重要ですよね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-16 14:19 x
★赤井報道さん、イスラム世界における赤十字の扱いに関しては初めて知りました。ありがとうございます。
> 無意味な言葉狩りや記号狩りをすべきではない
私も同じ思いです。

 Commented by KEN-NYE at 2005-01-26 15:02 x
 赤十字は国際組織があって、その下に各国の組織がありますが、イスラム圏では十字を使わず「赤新月」になっていますね。「赤新月」の言葉はイラクのニュース等でお馴染みかと思いますが。

http://rcehime.parfe.jp/kokusai51.html

 日の丸って美しいですよね。3歳児でも書けるし、遠くから見ても間違えようがない。「色の順番どうだっけ?」と悩むこともない。私の知識が間違っていなければ、元々貿易船だったか軍艦だったかが国籍を明確にするために使い始めたのがそのうち「国の旗」と認められるようになったもので、明治時代ぐらいからでしょう。意匠としては大昔からあるようです。
 侵略戦争に対する非難を全身で受け止める日の丸も可哀相です。そろそろ、受けるべき人が非難を受け止めなければ?

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-27 01:19 x
★KEN-NYEさん、前のコメント通り、私はイスラム圏の赤十字のことは知らなかったのです。「赤新月」というのはKEN-NYEさんの情報で初めて知りました。ありがとうございます。日の丸は守って行きたいもののひとつですね。
 Commented by 赤井報道 at 2005-03-08 00:47 x
日の丸はシンプルで、それでいて美しい。
明治時代、この日の丸を売って欲しいと言ってきた国もいるほどです。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/hinomaru.html
>遂にはフランス(泉欣七郎・千田健共編『日本なんでもはじめ』 注、安津素彦『国旗の歴史』によればイギリス)が、正式に政府代表を立てて明治新政府に対し、「日の丸を500万円(当時の金額)で我が国に売却して欲しい」と依頼してきたのです。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-03-08 02:59 x
★ 赤井さん、日の丸を売ってくれという依頼があったことははじめて知りました。教えていただきありがとうございます。売ってくれといわれるほどだと知ってますます誇らしくなりますね。また、売らなかった明治政府にも感謝したいと思います。

 Commented by 23 at 2005-04-27 14:55 x
少林寺拳法は以前から外国では違うマークを使っていますた。今回の変更は団体内部の利権がらみではないかと言われれおり、怒っている少林寺拳士がたくさんいますよ。ちなみに、少林寺は中国の少林寺にパテント料みたいなものを貢いでいることでも有名ですが

 Commented by yoshihiroueda at 2005-04-29 07:36 x
★23さん、情報ありがとうございます。23という名前のところは2ちゃんねる当該スレッドへのリンクなんですね。少林寺拳法と中国の少林寺は組織的なつながりはないとはいいながら、そういう関係(ロイヤルティ?)はあるんですね。

 Commented by 昔習ってました at 2007-09-23 16:20 x
う~ん、やはり他の国に遠慮してマークを変えたというのはどう考えてもばかばかしい。
ホントウの理由があるがそれを公表できないのでもっともらしい理由をとってつけたと考えるのが良いのでは?23さんの言うように利権がらみってのが妥当なところでしょう。
中国の少林寺かどうかはわかりませんが、もっと俗っぽい個人もしくは団体に、「俺たちが権利もっているから使うなら金払え」って言われていたとか。

 Commented by yoshihiroueda at 2007-09-23 23:49 x
★ 昔習っていた方、
昔の投稿にコメントをいただき少々驚いています。なにかあったかな?
他のスポーツが体育協会みたいな組織になっているのに対して、日本の少林寺は個人が立ち上げた組織のようですね。そういう意味で情報公開も十分でないのだと思います。単なる言い訳に使われたのだとしたらユダヤ団体の皆さんにも迷惑な話ですね。

2005/01/08

欠乏充足欲求と成長欲求

おはようございます。人はパンの耳だけで生きられない、って何を言ってるのだ俺は。

はりーさんが、「成長欲求その3」で「これでも違和感は残るなぁ。」と述べている。たぶん微妙なところで定義が違うのではないだろうか。または定義は同じだがそこにはいるインスタンスの想定が違うのかもしれない。

まず、「欠乏充足欲求」は他人が与えることもできるもの、「成長欲求」は他人が与えることができないものという区別(定義ではない)は同意していただけると思う。
また、ハリーさんのいう
満腹になればそれ以上は食べられない。美味しい物や珍しい物を食べたいとかいう、さらなる欠乏は発生するだろうけど、基本的に欠乏は埋めれば解決、満足できる。
これに対して、成長はプロセスであり、その欲求も満足も客観的な尺度など無い。自分が実現できていると感じるかどうか、でしかないのだ。
「状態」と「プロセス」の差異にも同意できる。

しかし、ここで成長欲求で例に出されているものがスポーツや芸術家などなのだが、これらは個人レベルの努力で実現 (プロセスなので「実現」という言葉はおかしいが) できるものに限定されているように思う。

例えば、バンドをやりたい、コンサートをやりたいといったらどうだろう。また、こんな商品を世の中に送り出してやりたい、ヒットさせたいという欲求はどうだろう。人との関わりの中で自分の意志を伝えたり、他人が求めているものを知ったり、社会の仕組みを理解していたり、欠乏充足欲求を自分で満たそうと思った場合に必要だったスキルはやっぱり必要になるだろう。何でも与えられていた時には必要でなかった工夫も想像力も必要だ。もちろんハリーさんのいうように違う力は求められるが、欠乏充足欲求を満たすために必要だった基本的な「生きる力」はやはり必要と思うので「前提」と書いた。

もしかしたらこの「欠乏充足欲求を満たすために必要な力」というもののレベルがハリーさんと私で違うのかもしれない。それは「欠乏充足欲求」のレベルが違うのかもしれない。というのは、
限られたパイを奪い合うのと、自分が成長したり、より良き社会を創り上げていくのとでは、必要となる力は違うんじゃないかなぁ?
とあるのだが、私が想定する「欠乏充足欲求」は、今の日本では、不満さえいわなければ「限られたパイを奪い合う」ことなしに満たすことができると思っているからだ (前回大前研一を引用したのはこの考え方にはあっていないので不適切だった)。確かにこの「不満」は、「より良い生活をしたい」という意味では「欠乏充足欲求」なのかもしれないが、「私にはもっと価値のある仕事ができるはず」という意味では「成長欲求」と思えるのだ。どちらかが正しいといってる訳ではなく、捉え方はさまざまだろうといっています。
...
話が結局「欠乏充足欲求」と「成長欲求」に区別がつけられないという方向になりつつある。最初の時点で、私が言いたかったことをハリーさんが出された「成長欲求」に絡めた話に持って行こうとしたのがまずかったのか。

これらをふまえてもう一度言いたかったことを修正してみる。前回の修正版
低レベルの欲求を自分の力で満たしていく上で身に付けた力が、上位レベルの欲求を実現する前提になっているのかもしれない。
を、これまでの言葉もとりいれて
他人が与えることで欲求を自分の力で満たしていく力を身に付けていないと、他人が満たしてやれない欲求を持った際に途方にくれる。他人が満たしてやれない欲求を自分で満たそうと思わなくなり、さらには、欲求をもたなくなるようにもみえる。
と修正してみた。原型とどめていませんね。

どうかな。乱暴な論理展開は含まれていると思うが、私の中では整理されてきたと思う。つきあっていただいたハリーさんには感謝しています。

最後にちょっと補足。もともと子どもに何でも与え過ぎるのはどうかという話だったが、子どものときに与え過ぎると一生ダメと思っている訳ではありません。大人になってもまれてから生きる力の不足に気付いても取り返しはつくと思っています。逆に大人になってからも生きる力が衰えることがあるだろうと思います。

2005/01/07

成長欲求を叶える力

こんばんは。海賊王に俺はなる、ルフィです(ウソ)。

私の生煮えの考えにトラックバック、ご意見ありがとうございました。

まず、マズローの言葉を使っていますが、これに関しては、トラックバックしてくれたハリーさんの「成長欲求」へのコメントでsabretoothjapanさんが、解説およびそれに対する批判も含めて解説して下さっています。ごめんなさい、ちゃんと理解してもいないまま使っていました。私の捉え方はすごく低レベルで、「衣食足って礼節を知る」、ちがった、「人はパンのみにて生きるにあらず」くらいの意味でした。以降ではマズローの「自己実現」などという言葉は使わず、ハリーさんが使われている「成長欲求」を使うことにします。あるいは「夢」といっても良いかもしれません。

私が書いた記事
もしかしたら、低レベルの欲求(1. 生理的欲求と2. 安全の欲求)は自分の力で満たしていくことが、上位レベルの欲求をいだく前提になっているのかもしれない、とも思う。
の部分に対して、ハリーさんは、
要するに如何に明日を創っていくか、なのだろうから、低次欲求を自分で満たすかどうかとは直接関係しないと思うのだがねぇ。
と書かれています。

うん、分かります。ではこう変えてはどうでしょうか。
低レベルの欲求を自分の力で満たしていく上で身に付けた力が、上位レベルの欲求を実現する前提になっているのかもしれない。
変え過ぎですね。

私がいいたかったのは、この「力」なのではないかと思う(まだちゃんと整理できていないので他人事みたいな書き方になっています、腹が据わってなくて申し訳ありません)。生きる上で工夫したり、想像力を発揮したりする必要がなかったら、そういう力を身に付けることができず、いざ自分の夢をもったときにどう実現させれば良いのか途方に暮れるのではないか。そして一部の人は最初の時点から挫折するのではないか。そしてそれは「成長欲求」を持っていない状態と区別が付かないのではないか、と思うのだ。

ちょうどPRESIDENT 2005.1.17号で大前研一が
これから日本は大混乱に陥る。一寸先は闇のジャングルの中で生きてることのできるできる人間を育てないといけない。その訓練を世間知らずの教師に任せていたら、生贄になるための人間を育てるようなもので、世の中に出たら即死すること間違いなしだ。... 会社の厳しさ、マーケットの激しさといった「ジャングルのルール」を教えられるのは父親だけなのだ。
と書いている (原文には母親ではなく父親だけと書いてあるのだがそこはここの論旨から外れるので引用しない)。要は生きる力を身につけさせろということだろう。ここで引用していない分も含めると、低レベルの生きる力だけでなく夢を実現させる力も含んでいることが分かる。

まだ固まった意見とはいいがたいですが、少なくとも「生きる力」を具えることは重要と思う、ということだけはいっておいて筆を置きたいと思います。

2005/01/04

豊かな時代のモチベーション

こんばんは。富豪刑事 深田恭子です(ウソ)。

そふぃあさんが、「すこし改まって」
私も戦後の世代ですが、生まれたときはまだまだ日本が貧しかった頃でした。
現代の若者や我が子を見るたびに、物質的には恵まれた時代だと、しみじみ思います。
しかし、モノが豊かになった分、頭を使ったり工夫したり想像したりすることが
減ってきているな、ということも確実に感じます。
欲すればいくらでも手に入る時代、我慢したり辛抱したり苦労するのは
馬鹿げたことなのかもしれないですが
と書かれています。

私も今から見れば子供の頃は豊かではありませんでしたが、物質的に窮乏を感じたことはありません。大学時代は親元を離れ仕送り+奨学金 (+バイト) で生活していたので決して自由にお金が使えた訳ではなかったのですが、それで不幸だと思ったことはなく、その範囲で生活することを楽しんでいたように思います。帰省は周遊券を使えば急行は追加料金が不要だったので、夜行の急行 (寝台車ではなく一般座席) を使ったりしていました。就職してからも多少楽になったものの、一人暮らしは変わらないので、お金をセーブしながら生活を楽しむのは変わりません。そのレベルでの生きていく力はあったと思います (今も貧乏性が抜けないのはちょっと困る点)。

一方今の子どもたちは、そふぃあさんが指摘されるように、物資的に豊かになっています。工夫、想像が足りないのは、そうしなくても生きていけるからだと思います。物質的だけでなく、精神的にも、少子化と家庭内労働の短縮化で親のケアが行き届くことと、叱らない育て方の広がりによって、自分で問題を解決しなければいけない局面も減ってきていると思うのです。

こんな満たされた世の中で子どもたちは何を目標にして生きていくのだろうか。

はりーさんが、「抱負」で、
マズローの言う通り、自己実現は人間の最高次の欲求であり、一人ひとりがそれに向けて成長していると実感できるときにこそ、大きな価値が産み出される。
と書かれているように、物質的要求 (マズローでは1. 生理的欲求と2. 安全の欲求に対応) が満たされていても、その上の欲求がある。低レベルの欲求が実現されていることは、高次の欲求を実現するためのスタートライン上で優位な位置にあるともいえるのに。

もしかしたら、低レベルの欲求 (1. 生理的欲求と2. 安全の欲求) は自分の力で満たしていくことが、上位レベルの欲求をいだく前提になっているのかもしれない、とも思う。

昔大学時代のことだが、本宮ひろ志のマンガで、「近頃の若者は恵まれているのでなっとらん」と言われた主人公は、「恵まれていて何が悪い。我々若者は恵まれたものを受け入れ、そこから新しいものを創っていくのだ」と反論するシーンがあった (かぎ括弧でくくっていますが記憶はめちゃくちゃあいまいです)。私はその当時この主張に違和感を持った。ハングリー精神と言うかそういうものが必要なんじゃないかと思った。

一方、海老沢泰久が井上陽水のことを描いたノンフィクション「満月 空に満月」では、
... そのころは、豊かな生活とか豪華なものとかを知らなかったからね。その存在そのものを。でもその意味では、いまだに知らないのかもしれないんだよ。あるところでは、そういう豊かなものとか豪華なものを拒否している部分もあるしね。

ようするに、これがなさけないところで、精神至上主義というか、ものに対して豊かになっていくことで精神が汚れていくんじゃないかという神話にまだふりまわされているところがあるんだよね。でも一方では、そこらへんでふりまされるような精神じゃ、ぜんぜん駄目だとも思うんだよ。豪華なプールや美女に囲まれた生活で駄目になる精神じゃね。...
という記述があって、自分はどうなんだろうかと思う。今は駄目になっているとは思わないが、それはレベルの問題であって、豪華なプールや美女に囲まれた生活だったら駄目になるかも。今NEETと呼ばれている人達は、そこまで行かないレベルで精神が駄目になった (と言うのはいいすぎですが) といえるのかもしれない。

散漫になってしまいました。豊かさとモチベーションに関して、今度は個人レベルではなく社会レベルで考えてみたいと思います。

2005/01/01

あけましておめでとうございます '05

みなさんのご健康と地球の平和を祈っています。


昨年はお世話になりました。
今年もブログの目標は鈍い更新頻度、マイペースです。
こんな私ですがよろしくお願いします。

バックログ 2004年下半期

一旦宿題を整理して、残った宿題で新たな宿題リストを作ります。
2004年下半期 (9月から)  課題 31 (途中追加を含む) ◯ 12、× 19
新潟中越地震最新情報:
新潟中越地震 被災者救援本部@2ch Wiki
  -- 常に最新の情報のようですが、フラットになり過ぎていて切迫感が伝わってこないのが残念です。下記を御覧下さい。
中越元気村
シバレイさんのブログにイラク民主化国民潮流からのメッセージが載せられています。
ここではいつか書きたい話題を更新しています。
コメントやトラックバックに適切な場所がない場合もここへどうぞ。

2004/12/31

バックログ 2004年下半期

* 一旦宿題を整理して、残った宿題で新たな宿題リストを作ります。
* 2004年下半期 (9月から)  課題 31 (途中追加を含む) ◯ 12、× 19

新潟中越地震最新情報:
新潟中越地震 被災者救援本部@2ch Wiki
  -- 常に最新の情報のようですが、フラットになり過ぎていて切迫感が伝わってこないのが残念です。下記を御覧下さい。
中越元気村

シバレイさんのブログにイラク民主化国民潮流からのメッセージが載せられています。

* ここではいつか書きたい話題を更新しています。
* コメントやトラックバックに適切な場所がない場合もここへどうぞ。

コトバノチカラ (3) コノテーション

しまった。勉強足りないのに専門用語なんか使うんじゃなかった。大雑把なことを書きますので間違い等ご指摘いただければ幸いです。

言葉の本来の意味をデノテーションといい、言外の意味、付随する意味、想起される意味をコノテーションといいます。例えば「バラ」のデノテーションは植物・花としてのバラですが、コノテーションとして「情熱」という意味を持ちます。

言葉は普通最初はデノテーションだけで生まれ、使われていくうちにコノテーションが付加されていくのだと思います。もともとのクリーンな意味がだんだんいろいろなものを身にまとっていくと言うか、汚れていくというか、そういうイメージ。

例えば「リストラ」。もともとは「リストラクチャリング」で、「(企業の) 事業構造を組み替えることにより、積極的に経営のあり方を変革させていく」ことでした。基本的には事業の軸足を変えることなので、縮小して立て直しということも含まれはするのですが、本来は前向きなイメージだったはずです。ところが、事業が苦しくなって当面のコストを減らすために人員削減するだけの場合も使う経営者が出てきました。良いイメージの言葉で実情を糊塗する訳ですね。さらにはピンポイントで退職を勧告したりクビにしたりする場合も使われるようになり、個人を主語にして「リストラされる」という使い方までされるになりました。こうなっては解雇の意味以外では「リストラ」という言葉は使えなくなります。

今は「構造改革」と言います。小泉首相がこの言葉を使い出したとき、私は、公務員の解雇をイメージさせるので「リストラ」という言葉を避けているのだと思いました。「痛みを伴う改革」もリストラなんだから痛みを伴うのは当然だろうと思っていました。会社でいうと従業員にあたる公務員も経営者である政府側も。ところが蓋を開けてみると痛みを伴うのは国民 (会社にたとえると顧客+株主) だけという結果になりそうです。また、聖域を作らないとも言っていましたが、手をつけられているのは一部だけで、それらもみんな骨抜きになっています。これによって汚された「構造改革」という言葉も今後使うのに躊躇が必要な言葉になり、さらには新しい言葉が発明されていくのではないかと思います。
他の例としては、ネットでよく使われる「プロ市民」。私はすでに「ゴロツキ」という感じのコノテーションしか残っていない段階でこの言葉を知ったので本来のデノテーションを知らなかったのですが、当初はいい意味だったらしいですね。

こうやって言葉が使い捨てられて行くのですね。

いや、正しくは、まだ捨てられているわけではない。相手に対してその言葉でラベル付けをすることで、相手に対して悪いイメージを与えることができます。そのラベルが正しいかどうかはあまり関係がありません。読者の多くはそのラベルが本当なのかという検証をする時間を持っていませんので、とりあえずそのラベルが正しいものと判断して先へ進めます。検証する機会はその後二度と来ないかもしれません。マスコミも使っていますから(前回の記事参照)、一旦ラベルがつけられると、それを取り外すことは非常に困難になります。
皆さんにお願いしたいのは、このようなラベルを疑ってみてもらいたいということです。最初にそのラベルをつけた人は、何を根拠にそのラベルをつけたのか、その理由は正しいのか、また、ラベルをつけた人の意図はなんなのか。特に「テロリスト」、「ファシスト」、「抵抗勢力」、「プロ市民」、「ウヨ」、「サヨ」、「差別主義者」...

言葉を汚し、汚れた言葉を利用する人達。
たとえアカデミー・フランセーズが許してもこのuedaが許しません。

ああ、今年最後なのにきれいに終われませんでした。まあきれいに終わるより自分を出して終わるほうが良いかもしれません。窓の外には雪が... 汚い現実を覆ってくれています。って何を言ってんだ俺は。

来年もこんな調子で怒りを表明したり、バカをさらけ出したり、ウソ言ったりしますので、よろしくお願いします。

2004/12/30

コトバノチカラ (2) 意図の伝達能力

"Boys, be ambiguous." クラーク博士です (ウソ)。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定と言っていましたが、もう少しストレートに「意図の伝達能力」としました。自然言語であいまいさが少ない?と訝しがる方もおられると思いますので。

ここでは、イメージ (動画を含む) と比較します。見えるものそのものなのであいまいさはないだろうとおっしゃる方も多いと思います。しかし、実体にはさまざまな側面があります。一人の人をとっても、性別、年代での位置付け、職業、その時点での行動や位置付け (「歩行者」、「被害者」など)、個人的関係 (「友人」など)、固有名もあります。文章中では、どれかのラベルを選択するか (複数かもしれない) は、伝える側がどう認識しているか、どう伝えたいかによります。これが「意図の伝達」です。映像ではそうのような解釈無しで見える情報は一度に伝えられます。この映像で伝えられないものは、それまでのストーリー中で分かるように説明しておく必要があります。

実体だけでなく行動も意味付けを与えることができます。映像で「人を押し倒している」ようにみえる行動は、暴力をふるっている場合もあるでしょうし、柔道をやっているのかもしれませんし、犯罪者をとりおさえているのかしれません。このため、フォトジャーナリストの広河隆一もジェームズ・ナクトウェイも、「写真にはキャプションは不可欠だ」といっています (DAYS JAPAN 2005年1月号 「報道とフォトジャーナリスト」)。

一旦このように伝達側がラベルをつけてしまうと、受信側はそのことに言及する際に違うラベルをつけにくくなります。違うラベルで言及した場合に混乱を招くからです。傍で聞いている人がいる場合は特にそうでしょう。最初にラベルをつけると後々までコントロールすることが可能になります。例えば「教祖」と名乗れば、たとえその団体が宗教的なものよりも利益追求集団というべきものであっても、「教祖」と呼ばざるを得ません。せいぜいかぎ括弧をつけて「自称」であることを示すくらいでしょうか。自分に対するものだけでなく、相手に対しても「抵抗勢力」等ということができます。

それが使われつづけると、そのそのラベルがその実体を指す正しいものなのかさえ問われなくなり、前提化してしまいます。「抵抗勢力」といったときに、理由があって反対しているという位置付けが失われ、改革に抵抗している = 既得権益を守ろうとしている = 国をくいものにしている人々という印象を持たせることが可能になります。

「意図の伝達能力」は、最初は話し手と聞き手、書き手と読み手の関係での話だったのが、そのあとまで影響を与えることができるのです。

次は「コノテーション」の話の予定です。

2004/12/29

コトバノチカラ (1) 経済性

ご無沙汰しておりました。玉置宏です (ウソ)。ちょっと余裕がなくてサボっていました。

「言葉のもつ力を少しずつ考えたい」という宿題が残っていました。まず第1回目、経済性について書きます。とはいえ、これは普通に言われていることで私の独自の考えという訳ではありません。

言葉は記号です。無限の音を少ない数の文字 (日本語だと濁音を含め約70種の文字) で表現し、その文字を組み合わせ数千から数十万語の単語を組み立て、その有限の単語で無限の概念を表します。日本語だと音 (かな) と単語の間に「漢字」というレベルがあるといってもいいかもしれません。またその単語を組み合わせて複雑な事実、知識、思想を伝えます。

ここで「無限」と言っているのは、連続的になっているということで、いわばアナログです。それに対して人間の認知能力はそれらを十分区別出来るほど解像度は高くない。いや違いは分かるのですが、伝達できないということです。虹は連続に色が変化していますが、それを区別できないので七色と言うのです。そういう意味では「言葉はデジタル」と言えます。ちょっと普通に言われていることと違うので変な感じがするかもしれませんが。

伝達できないだけでなく、受け手も区別する必要ないということです。「赤は止まれ」という時の「赤」は、「青」、「黄」と区別できれば良いということです。正確に言えば波長で表すことはできるのですが、人間の感じ方も一定ではありませんし、その意味するところの本質が伝えられることが重要になります。

表題に「経済性」と書きましたが、記号化によって短いビット長で伝達できるという以上に、受け手が区別に悩まずにすむことで認識が速いと言うことが重要なのではないかと思います。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定です。

2004/12/23

木村さん、それ冒涜ではなくて著作権法違反です

皆さん、こんにちは。竹中平蔵です (ウソ)。

徒然なる数学な日々 (night_in_tunisiaさん) の記事「ひさびさにキムキム」からこのことを知りました。

木村剛さんが、週刊! 木村剛 の記事 "2004.12.23 「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?" で、
「引用」「転載」をコミュニケーションのツールとして多用してきましたが、こうした手法に反対の方々も少なくないようです。ネット界の重鎮の中には、「ネット社会に対する冒涜」と捉える方もいらっしゃるようで、ネット界もなかなかに難しいものだと感じさせられる今日この頃です。
と書かれています。

まだネットの世界がリアルの社会とは違ったものと考えられているのですね。特別なものではありません。ネットの世界は現実社会の一部です。現実社会のルール・法律は、うまく実効性を発揮できていない面もありますが、ネットの世界でも適用されます。

なにが問題なのか。たとえば2004.12.19の記事「ドン・キホーテ放火事件で本当に悪いのは誰?」では、ちょっと問題提起の文を書いて、ドン・キホーテの安田隆夫社長のコメントをまるごと転載しています。
おそらくドン・キホーテの安田隆夫社長は「冒涜された」とは考えないと思います。私が行った「転載」という行為については、逆に感謝しているのではないかと推察いたします。
とあることから、無断であることが分かります。

著作権法は「転載」が可能なものとして、「国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物」(第32条)と「新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説」(第39条) があります。安田社長のコメントはどちらにもあたりませんね。

また、第32条に引用の規定があり、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」とあります。引用されたものになんらかのコメントをする場合でも「正当な範囲内」に限られます。ここではコメントも無く、全文ですから明らかにこの範囲を逸脱しています。night_in_tunisiaさんが指摘されているとおりです。引用に関しては、「著作権の話(3) 他人の権利を尊重する」を御覧下さい。
木村氏は、別のところでは
原典を明示した上で「引用」されることは、「情報発信者としての名誉」であって、まかり間違っても「情報発信者に対する権利侵害」にはあたりません。
と書かれていますが、これはおっしゃるとおり、「引用」ならば名誉である場合が多いでしょうし、権利侵害でもありません。しかし、木村氏の行っていることは「転載」です。
木村氏は「引用」と「転載」について分けて書かれており、ちゃんとふたつの違いを区別できているようです。しかし、ここでは「引用」の正当性で自身の「転載」を正当化しようとしています。

論理が分からないのでしょうか。それとも論理が分かった上で、読者を欺く詭弁を使っているのでしょうか。どちらにしろ真剣な議論をする資格はありません。切込隊長との論戦に関しては経済関係の法律に疎いので、どちらの言っていることがただしいのか判断をくだせないながらも、木村氏がちゃんと答えられていないと感じていました。こういう議論のしかたをみると、切込隊長のほうが正しいと言う確信が強まります。

木村氏は
出版物において護られる「情報発信者の権利」以上に、ネット上において「情報発信者の権利」が護られるべきとは考えていないからです。
と書かれています。著作権法に対する挑戦状ですね。

出版物はお金がとれる、ネット上の情報はタダ、ということと、権利の有無をごっちゃにしているのだと思います。

最後に。この文章の「引用」は著作権法に沿った形で自由に行っていただいて構いません。なお、「転載」はエキサイト社には既に許諾しています。

My 元気 Compilation

こんばんは。糸井五郎です(ウソ)。-- 追記: 「糸居五郎」の間違い。失礼しました。

以前の記事「ロックをもう一杯」のコメントで、「ちょっと違う視点でリスト作って見ましょうか。」と書きました。その宿題の提出として、元気にさせる歌詞をもつ歌を集めてみました。というか以前こういうテープを作っていたという恥ずかしい告白ですな。身体張ったネタは無理なのでこれくらいで勘弁して下さい。

Swing Out Sister "Breakout"
-- 閉塞状況から飛び出せ

Sheena Easton "Modern Girl"
-- 彼女は自分の世界を一人の男性を中心に築いたりしない。自分のなりたいものになる。

Pat Benatar "Invincible"
-- 「無敵」!

Moving Pictures "Never"
-- 心に羽を持たせないと絶対に飛べない。

Heart "Never"
-- 上とタイトルをそろえてみました。

Donna Summer "She Works Hard For The Money"
-- お金のためとはいっているが、働く女性に対する敬意、愛情が感じられる。

渡辺美里 "My Revolution"
-- Breakoutに似ているかな。

香坂みゆき "気分を変えて"
-- 歌っているところは見たことがないのですが、顔に似合わないパンチの効いた歌声。山崎ハコの作品なんですね。山崎ハコ本人の歌は聴いたことがない。

中森明菜 "十戒 (1984)"
-- 発破かけられます

来生たかお "楽園のDoor"
-- 歌詞は以前紹介しました

南野陽子 "微笑みカプセル - Don't worry my friend -"
-- 「はいからさんがとおる」のほうがよかったかな

BaBe "Give Me Up"
-- こんなのいれてたら恥ずかしいな。この人たちどこいっちゃったんでしょ。

以上、うろおぼえのところもありますが、間違っていてもなんの問題もないですね。こうみると圧倒的に女性シンガーが多いですね。おっさんだからね。

あと、Paul Simonの"Gone At Last"、上々颱風 "張子の虎"、レベッカ "Love Passion" などもいいですね。

次は「切ないCompilation」の予定。って、おっさんはやめとけ。

コメント
 Commented by rkya at 2004-12-23 10:23 x
BaBe!!いましたねー、めちゃめちゃ懐かしいです(≧▽≦)
レベッカ好きだったし。
やっぱり身体張ったネタは面白い、と思ったのでした!(笑)

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-23 12:26 x
★はるかさん、BaBeはポニーキャニオン所属で、フジテレビがプッシュしてたんですよね。はやっているときもプロ意識が足りないなーと感じていました。レベッカのNOKKOも復帰してから声の伸びがなくなって残念です。レベッカは「切ないCompilation」でも登場する予定。さてどの曲でしょう。

2004/12/21

ある北ヨーロッパ風? パン屋さんのキャッチコピー

おはようございます。虻川美穂子です (ウソ、それにそれ"北陽")。

宿題にしていた「英語添削」です。パンを入れてくれる袋に書いてあるので、パンを買ってきました。

全文引用しちゃいます。

Our little friend "TOMTE" use magical secret-power for delicious BREAD that.
Well enjoy in next morning. Children who living in NORTHERN EUROPE
tell us secret that use baken BREAD. Yes ・・・・・・・・ TOMTE's secret.
HOKUO as. BREAD country SAPPORO is very similar with TOMTE's land.

1行目

"TOMTE" -- 引用符をつけるのはやめたほうがよいと思う。
His name is "TOMTE"だったらいいけど
use -> uses
magical secret-power -- 冠詞をつけよう。この場合は"a"かな
secret-power -- これひとつが決まった言い方ならともかく、ここではハイフンは不適切。
for -> to bake
delicious BREAD -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that. -- 次の行に続くのでピリオド削除

2行目

Well -> we'll (we will) 大文字で始めるのも直す
next morning -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
who living -> who are living

3行目: だんだん本来の意図がわからなくなる。

secret -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that use... -- たぶん "that is used to bake bread"
baken -> baked たぶん "bake"の過去分詞のつもり

4行目: 修正不能。たぶん「札幌はパンを作る国としてトムテの国北欧と似ている」か「HOKUOのある札幌はパンを作る国としてトムテの国と似ている」
as. -- ピリオド削除
similar with -> similar to

とまあ、こんな感じでぼろぼろの英語がキャッチコピーとして使われているんですわ。私がものごころついたときから。いいのかこれで?

私の添削のほうがまちがっているとか、ここも修正すべきといったご意見ください。

2004/12/19

顧客が作る「サービスの魅力」

こんばんは。出井伸之です (ウソ)。

はりーさんの「イントラブログ続き」にトラックバックしています。ちょっと前置きが長くなるかもしれませんがご勘弁を。

「収穫逓増の法則」という言葉がある。通常の製品は市場の規模が大きくなると投資額あたりの収益が減ってくる「収穫逓減の法則」に支配されている。一方、ソフトウェアやネットワークの世界では、規模が大きくなると製品/サービスの魅力が増し、ますます収益があがる様になる。

たとえばケータイ。持っていてもかける相手がいなければ魅力はゼロだ (テレビ電話はなかなか普及しなかったことを考えるとよいだろう)。かける相手がでてきてようやく魅力が発生する。それも数が増えればふえるだけ。かける相手が一人のときの通話量を1とすると相手のぶんもあわせて2だ。相手が二人になれって登場人物が3人になるとひとり当たりの通話量は2で全体では6、登場人物が4人で12となる。理屈では通話量は関与者の数の2乗にほぼ比例するようになる (もちろん限界はある)。

通話量だけでなく、サービスの魅力も増えてくる。2番目の人が加入する時に話せる相手は一人だけなのに対して、4番目の人が参加する時には3人の人に話すことができるサービスになっているのだ。

ネットワークゲームもブログも同様だ。ネットワークゲームのユーザが増えればログインしたときにいいパーティを組める確率は高くなる。戦利品の取り引きも容易になる。ブログでは読める記事が増えるのに加え、コメントの数も増えてくる。これらは直接エキサイトの収益につながっている訳ではないが、エキサイトブログの魅力の逓増には寄与している。

さて、表題に「顧客が作る」という修飾をいれた。これは、サービス提供会社よりも、それを使う顧客自体が魅力を作っていると思うからである。数だけでなく顧客の質が。
ただこれは「収穫逓増の法則」が働かない世界のときからもあったものだ。例えばクラブや碁会所。気の合う仲間が集まるからそこにいく。行儀の悪い人たちのたまり場になっちゃうと行く気が失せる。ケータイやネットワークゲームもブログではもっとその側面が強いのではないか。特にブログは、愉快な仲間達がいるというだけでなく、面白いコンテンツを日々生産してくれるのだ。それに対してエキサイトができることは、ゲストブログを盛り上げたり、コンテストを開催して賞を出すくらいしかないように思う。インフラ整備もあるがこれはお客さまを逃がさない程度の効果しかないと思う (特にどのプロバイダーも十分な品質が提供できようになったら)。

やっとはりーさんの話とからんできます。
だが、ブログに限らず、コミュニケーションとか情報処理という分野では、ツール自体が持っている機能よりも、ユーザーやネットワークによる創発にこそ意味があり、キャズムを越えられるかどうかは、この意識をどれだけ広められるか、に依るのではないだろうか?
そう、魅力はユーザとそのコミュニティの中にあり、それを知ってもらわなければならない訳だ。
逆に、テクノロジーには疎くとも、そういう意識改革やコミュニケーションの重要性に気付いている人も居る筈で、そういう人達を掘り起こしたり繋ぎ合わせていく為にブログを使う、という方が目的に適っていると思う。
御意。
また、仮にブログ活用で何らかの効果が出たとして、どのように評価するのか? 個人のバカ話と違って、業務に有効なコンテンツを書くというのは相応の工数が掛かる。それに対して何の報奨も無かったら果たして書く人は増えるのか? 評価するとしたらどうやって?
人は報酬だけで動いているのではない。今金にならないブログを書いているモチベーションはなにかというと、読んでくれる人がいるから、コメントしてくれる人がいるから、評価してくれる人がいるから、誰かに (いい) 影響を与えているという実感が得られるからだと思う。会社でも同様じゃないかと思うのだ。会社に必要なのは、ブログを書くことをサボっているとみなさず、知識の展開・創発とみなし奨励すること (この点は、はりーさんが「イントラブログ その3」 で書かれています)。金銭的な評価は無くとも社内の賞賛が励みになる。甘いかな。

2004/12/18

市場に残る資格

お客様は神様です。こんばんは。三波春夫でございます (ウソ)。

その1

いくつか通販ショップからのメールマガジンを取っているのですが、先日そのうちのひとつが「重大発表があります」というタイトルだった。記事の中身をみてもあまり書いておらず詳しくはサイトをみてくれとあり、事業撤退か店長辞任かと思った。実際の文面は覚えていないのだがが、そんな雰囲気をただよわせる文面だったということ。サイトへ行ってみると...

当通販ショップがXX周年を迎えました!

って書いてある。これがその重大ニュースだったらしい。

速攻メルマガ登録解除しました。これまでここで何回かカニを買ったことがあったんですけどね... 「クレームを出す人は不満をもつ顧客の4%。多くは何も言わずに去っていく」といわれていますが、そのことを知らなかったんでしょうね。

その2

固定電話の基本料金が安くなるという電話が日本テレコムからかかってきたらしい。これかな?

Cnet 2004/08/30
「NTTの基本料は不要」--ソフトバンクグループ、独自通信網を使った固定電話事業を開始

しかし、ADSLを使っているのが分かった途端に電話を向こうから切ったという。これじゃマンションの勧誘と同じレベルだ。テレマーケティングには代理店を使っているのかもしれないが、そういうことは客は気にしない、すなわち、日本テレコム自体が社員教育できていない会社だと思うだろう。私のように意地の悪い客は、ソフトバンクが親会社だからな、日本テレコムに加入するときっと顧客情報流出するだろうなと思う。

お客様を大事にすれば収益が上がるわけではないが、大事にしなければ会社の存続も危うい時代だということは認識する必要がある。

次は「お客様に媚びない」ということを書きたいと思います。

ホームメイドCM

こんばんは。ボノです (ウソ)。ぼのぼのじゃないぞ。

こんな記事がありました。

Wired News 2004年12月13日『iPod』ファンが自主制作したCM、ウェブで話題に

これです (元リンクが切れていたのでYouTubeで見つけました)。


びっくりするほどすごいというわけではありませんが、素人が作ったといわれれば、なかなかのもんだと感心させられます。iPodを重ねてスペクトルを表現しているところなどはアイデアの勝利だと思います。
専門家の中には、マスターズさんのCMは広告の未来を示唆するものだと見る向きもある。ちょうどウェブログ (ブログ) がニュース報道に変化をもたらしているように、個人制作の広告がマーケティングにおいて大きな役割を果たすようになるというのだ。
とありますが、どうでしょうね。

たしかに、写真/レタッチ、映画/ビデオ/リニア編集、楽器/カラオケ/DTM、ワープロ/DTPなどさまざまな分野でプロしか手にしなかったものがアマチュアにも容易に手に入るようになってきました。そしてそれらは、我々の潜在的なクリエイティビティを刺激し、文化の裾野を広げています。ただ鑑賞するので満足していたのに対し、作るのが楽しい、発表するのが誇らしい、評価されるのがうれしいという変化が多くの人に広がりつつあります。

クリエイティビティという面ではCMもひとつの表現分野です。短いということで、映画には手を出しにくかった人も手を出しやすいのかもしれません。短い中にアイデアを詰め込むのも腕の見せ所だと思います。

ただモチベーションという面ではどうなんでしょうね。アップルやホンダみたいにコアなファン (エンスーとかいうのかな) をひきつけているところは期待できるかもしれませんが、そんなところめったにないですよね。コンテストでもやればいいのか。そういうえばキャッチコピーやネーミングの募集はこれまでありまたね。ライブドアの球団名とか (なぜジェンキンス?)。

CMファンとしては今後期待したいところです。

コメント
Commented by rkya at 2004-12-18 00:52 x
きゃ。ボノも好きだけどぼのぼのはもっと好きです!
ぼのぼのを語り合える人ってなかなかみつからないのですが^^;
このCMあちこちで見かけます。世の中にはまだまだ
すごい才能のある人がたくさん埋もれてるんでしょうねぇ。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-18 01:27 x
★はるかさん、私がはるかさんのところでコメント書いている間にコメントいただいてたんですね。日本でもこのCM話題になってたとは知りませんでした。はるかさんも自分CM作ってください。

2004/12/16

開戦の功労者

♪つっぱることが男の... あ、こんばんは。嶋大輔です (ウソ)。

毎日新聞 2004年12月15日
ブッシュ米大統領:「イラク誤報長官」らに「自由勲章」を授与−−ローマ法王と同格
ブッシュ大統領は「米国が世界に与えたよい影響を象徴している」などと称賛した。
ぬぁんだと! 「よい影響」って、ざけんじゃねーぞ。はっきり、開戦の功労者って言えよ。「アメリカにイラクを攻撃する自由を与えた」って。

2004/12/14

さわやかライブドアフェニックス

こんばんは。ダルビッシュです (ウソ)。

KEN-NYEさんのブログの記事「たまにはプロ野球。」にこんなニュースの紹介がありました。

日刊スポーツ 2004/12/14
ライブドア最初で最後のフェニックス
ライブドア自身のアナウンスはここ
ブログもあるのでトラックバック送ってみよう。

先日のハリーさん歓迎OFF会では、話題の一つになった堀江社長ですが、
堀江社長らスタッフは、いつまでもライブドアの影響が残るようでは、東北に野球が根付く妨げになると懸念した。そこで、あらためてファンへの感謝を示すとともに、堀江社長自ら「今後はイーグルスを応援してください」と伝えることで、仙台での活動のけじめとする方針だ。
ということで、

なかなかのさわやかスポーツマンじゃないですか!

って、OFF会でどんな扱いだったか分かるな。

仙台の皆さん、私からも「イーグルスを応援してください」とお願いします。西武とかオリックスとか今回株を下げた球団には制裁を下してください。仙台から逃げたロッテ(いつの話じゃ)も目の敵にしてやってください。個人的にはソフトバンクもお願いします。日本ハム牛肉偽装事件のこともお忘れなく。

ところで、年賀状の図案は、「ゴールデンイーグルとホークの空中戦を、フェニックスが草葉の陰から虎視眈々とチャンスを窺っている」という構図にしようと思っていたのですが、画力がないことを思い出してやめた。まだ年賀状に着手できてないんだよー。どうしましょ。

追記: トラックバックしてくれている創難駄projectさんの記事には、ライブドアフェニックスのロゴの紹介があります。「仙」をモチーフにフェニックスを図案化しているのは、地元への敬意が感じられます。でも、創難駄projectさんが指摘されているように、Kaori@livedoor PHOENIXのプロモーションという疑惑も...

コメント
 Commented by KEN-NYE at 2004-12-15 11:27 x
 こんにちは、ダルビッシュさん。ご紹介ありがとうございます。
 自衛隊での研修頑張ってきてくださいね、たぶん大事にしてもらえるとは思いますが(ぇ
 まあ、ほりえもんもこれでずいぶん株が上がりましたよね。
 あ~、そういえば年賀状なんてものがあったんだ。今度ぐらいは作ろうかな・・・なんか、ついついメールで済ませてしまうんですよ。葉書貰うのは嬉しいのに。頑張ろ・・・・

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-16 01:14 x
★KEN-NYEさん、コメントありがとうございます。ホリエモンも転んでもただではおきないって感じですね。アイドル?の売り出しという疑惑も浮上して... きっと野球も復活を狙っていると思います。

2004/12/12

ロックをもう一杯

こんばんは。岡部まりです (ウソ)。

Rolling Stone誌が、ロック誕生50周年記念特集として
500 Greatest Albums of All Time
500 Greatest Songs of All Time 
を発表しています。これをうけ、
反米嫌日戦線 LIVE and LET DIEさんが、自分のチョイスを発表されています(「50 Greatest Songs of All Time」「30 Greatest Albums of All Time」)。本当はもっと多くの人が「私のベスト50」を記事にしていると思ったのですが、私のリンク先ブロガーさんの中からは見つかりませんでした。皆さん最近音楽ネタが多いように思ったんだけど...反米嫌日戦線 LIVE and LET DIEさんと、食べる・聴くさんがたくさん書かれているのに惑わされていました。

食べる・聴くさん: 「Peter Barakan's Best 50」 「ロックンローラー John Lennon」...
-- ブログ名のとおり、これだけでなく音楽ネタ満載です。今日もまた、「今年のBest! STANDING IN THE SHADOWS OF MOTOWN」って出てました。

私は紹介できるほど聴き込んでいないのですが、SIGHT22号
特集: 究極のロック・アルバム100枚
で、そのうち上位100を紹介しているので、私も買ってみた。

聴いたことないのが多いのですが、それぞれに気合いの入った解説がつけられていて、さらに20位までには渋谷陽一のコメントもつけられていて、おもしろかった。時代背景とか制作の裏話等、ドラマがあるんですねー。当たり前なのですが、一般音楽消費者としてそこまで考えて聴かないので、それが分かるとまた別の面白さがある。

家族が買い物にいっている間、クリスマスツリーを出して組み立てていたんですが、音がないと寂しいので、80年代に集めたビデオクリップ (プロモーションビデオ) 集を引っ張り出してきて再生した。なつかしくて、かっこいい。

Jeff Beck "Ambitious"
-- Jeff Beckが "Ambitious" のヴォーカルをオーディションするという設定。Jeff Beckがギターを弾き続けているのに対して、ヴォーカルがいれかわりたちかわり。ダニー・オズモンドもいる。ギターソロもあって、おいおいオーディションじゃなかったのかとツッコミをいれたくなるが、かっこいいから許す。

Utopia "I Just Want to Touch You"
-- 初期のビートルズのパロディみたいな曲で、ビートルズの特徴をとらえており、「これこれ」と思わせるのだがやっぱり違う。ビデオも白黒で、衣装はお揃いのスーツにネクタイ。うれしくなっちゃう。

A-ha "Take On Me"
-- MTV時代の申し子みたいなバンドで、毎回新機軸を打ち出してくれた。これはマンガ雑誌 (コミック) と現実を行き来するところが新鮮だった。私は曲そのものもいいと思うんだけど専門家の評価はどうなのかな。

David Lee Roth "Just a Gigolo"
-- バカで下品なのがよいところ。
あと今日はみてないけど、マイケル・ジャクソンはどれをとってもいいよね。

コメント
 Commented by 死ぬのはやつらだ at 2004-12-13 10:53 x
ご紹介いただき光栄です。

yoshihirouedaさんのGreatest Albums of All Time を是非、教えてください。

 Commented by n_ayada at 2004-12-14 01:43 x
ご紹介いただき、ありがとうございます。
最近の新譜はほとんど聴いていないので、恥ずかしい・・・
>David Lee Roth "Just a Gigolo"
-- バカで下品なのがよいところ。
いや~、こんなの忘れてました!持っていましたよ、12inchシングル。
バカで下品なんだけど、くだらなくないんですよ。
う~ん、聴きたい!

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 01:55 x
★死ぬのはやつらださん、私自身のベストアルバムを見ると笑うぞ。ただヒットしたの集めただけじゃん、って感じになります。でもまあちょっと違う視点でリスト作って見ましょうか。期待しないで待っててください。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 02:05 x
★n_ayadaさん、コメント早っ! David Lee Rothのバカで下品なのはビデオのほうです。"California Girls"なんてのも同様です。歌は良いんですけどね。Van Halenのときの"Jump"なんかも良いですね。

 Commented by cosicosi3 at 2004-12-14 18:09 x
A-ha の"Take On Me"懐かしいです。
あのビデオクリップは斬新で楽しかったです。
彼等はその後どうしてるんでしょうね。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 18:53 x
★cosicosi3さん、A-haは"The Sun Always Shines On TV"も良かったですよ。拙者根っからのTVッ子でござる、ってかんじでしょうか。でもほんとにどこにいっちゃたんでしょうか。

 Commented by fumi_0 at 2004-12-15 20:16 x
a~haは、確かグラミー賞をとって、生で歌う破目になったのだけど、(確か生で歌うのが条件でしたよね?口パク禁止のグラミー賞)テレビで中継を見ていて、なんだかかわいそうなくらい緊張しまくっていて、高音が全然でないし伸びないしで、あらら~(汗、汗 という記憶があります。
あのクリップそのものは、私も大好きです。
当時、MTVで一番のヒットは、"スレッジハンマー"だな。
CG使わずにあのレベル。コマ送り多様。(笑) よかったです。:-D

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-16 01:23 x
★ fumi_0さん、a-haはそんなことがあったんですか。本番は弱いんですね。MTVのほうは口パクOKみたいで、わざとマイクをぶんぶん振り回しながら歌っていた人がいました。ピーターガブリエルも初期のMTVの功労者ですね。クレイアニメだったんですよね。あーこれもどっかのテープにあるはずだなー。

IT経営応援隊に応援され隊

こんばんは。青田赤道です (ウソ)。

はりーさんが上京するということで、私も上京してIT経営応援隊の応援にかけつけた。ただOFF会に参加したというだけだけどねっ。メンバーは
はりーさん (IT経営応援隊のアイドル)、
元社長よっし〜さん
さかいさん (大阪から呼び出されました... 犠牲になるために)、
そして七海さん (浅草から飛行機できたため遅れました)。

七海さんは、シュークリームをお土産にもってきた。ひとつだけ (というかさかいさん用に) 生わさびチューブ一本入りだ。さきに生わさびを買って、何に仕掛けるか検討するために上野の街を何往復もしたらしい。さかいさんは期待に応え、完食です。そのあとからしドリンクもあったらしいけどね。

身体を張ってブログのネタを仕入れる。バカ記事で読者をふやす。それは、バカ記事の中に散在する本当に読んでもらいたい記事をより多くの人に読んでもらうためだ。参考になるなあ。そこまではまねができないけど。

ほかに、あの社長やその社長の話を聞いてきました。IT経営応援隊に応援されにいったようなものでした。みなさんありがとうございました。

ちなみに「IT経営応援隊」という言葉をたくさん使っています。本家経産省のページの検索でのランクを落すためにはりーさんから出された指令です。みなさんも「ゴッゴル」なんて使ってないで、「IT経営応援隊」という言葉を使おう。

追記: 最初のお店に名刺入れ+免許+クレジットカード類を忘れてきていました。連絡したらお店で保管していててくれました。よかったー。せっかく身ぐるみはがされずにすんだというのに、これでは何にもならんな。バカ露呈というより間抜け丸出しですな。