以前、「柳の下」で、「もう一度・・・feat.. BENI」(YouTube) の次は「BENI feat. 童子-Tのターンなんだけどタイトルが思いつかない」と書いたのですが、これでした。
もう二度と・・・ / BENI (Universal Music) → YouTube
("feat. 童子-T"はありませんでしたね。)
という訳でこれで「柳の下」は終わりでしょう。たぶん。次に書く記事は「仏の顔」というタイトルになるでしょう。
BENI って安良城 紅のことだったんですね。
日本の近代産業は、単純に機械が導入されたから成功をしたのではなく、その基礎にとてつもなく高い手仕事能力を有した職人たちが大量に存在し、彼らが機械を自らの仕事の助力として用いたから成功をおさめたのでしょう。さらに、「日本の社会自体がそれまで保持していた技術力による可能性(possibility)を失った」と指摘しています。
しかし、このことが誤解され、あたかも機械が手仕事に勝るというように考えられるようになれば、... 昭和2年に書かれた『工藝の美』で柳宗悦さんが「近代工藝の醜さは、機械が手工を助けず、手工が機械に侵されるところから起こる」と嘆いているように、職人のもつ高い技術力が機械の稚拙な生産力にとってかわられてしまうなんてことが起きます。
日本語で何かを成しているものにとって、本書をひも解くことは納税に匹敵する義務である、と。その前に梅田望夫が紹介してたんだね。
事実についてはそれほどおかしなことが書かれているとは思いませんでしたが、その代わり「へ〜」と思えるような目新しいことも出てこなかったように思います。しかし、その事実から導き出される推論や意見がどうにも飛躍が多いように思えてなりませんでした(これが一番苦痛だった)。ふむふむ。
ところでこれは世間的に「優れた評論」になるのでしょうか?僕にはどうしても「自分の言葉に対する思いを勢いで書き綴ったエッセイ」としか思えませんでした。なるほど、そういう評価をする人がいるということは忘れないでおこう。
基本的に非教育分野の人が「教育で○○すべし」という教育論系の書籍はトンデモまじっていること多いんで、まず読まない。書籍だけではなく、そういう教育論をやたらとぶつ人は、大体ロクでもないんで、いいフィルタリングになってる。教育論って、別に専門知識なくても、誰でも何か言えちゃう分野だから、そういう人が混じりやすいんだろうけど。これは分る。この理由ならエアレビューも許せます。
周知のように、十五世紀に西洋の大航海時代がはじまるまで地球の多くの部分は無文字文化であった。それが、朝鮮半島との近さが幸いして、日本列島は、四世紀という、太平洋に浮かぶほかの島々と比べれば僥倖としかいいようもない時期に漢文が伝来し、無文字文化から文字文化へと転じたのである。文字文化の仲間入りをしたのを記念した「文字の日」をつくり、ブラスバンドに演奏させぽんぽんと花火をあげて祝いたいような ーー あるいは、漢文明に感謝の意を表して、銅鑼を打ちパチパチと爆竹を鳴らして祝いたいような慶ばしいできごとである。ことに小説家にとってそうである。なんてね。
01010100 01110010 01101001 01110101 01101101 01110000 01101000 <3 6:12 AM Nov 11th from web
定額給付金そのものを自ら葬る狙いがある。この政策は、もともと公明党から要求された選挙対策の措置で、自民党も財務省も本心では消極的だった。金融危機が起き、これを選挙回避の神風として巧みに利用できた後は、解散先送りが成功するとともに、定額給付金策をマスコミにバッシングさせて、給付金に対する国民の支持率を下げ、給付金反対を国民世論として固め、言わば給付金を死に体の政策にして、引っ込めた方が国民の支持が上がる方向に仕向けたのである。
与えられた課題を受入れ、知性と想像力を使ってそれを変えると言っている。
わたしの書くバターには、捨てたたまねぎの風味がとじこめられている。と書いているのだ。1語につき少なくとも5語を検討した上で選んで残りを捨てるという自分のルールを示し、
不思議なことに残した言葉の中には、もうそこにない言葉の風味がとじこめられているのだ。と書いている。
[「生活対策」]
国民のための経済対策、「生活対策」を決定しました。
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世界経済が百年に一度の暴風雨に見舞われているからといって、萎縮してはなりません。台風が通り過ぎるまでじっとしているだけでもいけません。
世界各国が、この困難な状況に対して協調していこう、自らできる限りの対策を進めていこうとしています。難しい舵取りですが、日本も、政府の総力を挙げて取り組んでいきます。
彼は対話外交を進めようとしている。ブッシュ政権が世界に与えたアメリカのネガティブなイメージを払拭しようと思っている。平和憲法を持ち、60年も戦争で人を殺さずに来て、世界で唯一の被爆国の日本が、手を差し伸べて有意義な協力関係を作る絶好の機会だと何故思わないのか。アジア的ものの捉え方というのもアメリカはもっと理解するべきだ。日本が日本だからこそ出来ることが沢山あると何故気付かないのか。