2005/02/13

モノを売るのではなく新しい価値を売る

変わるわよ。こんばんは、如月ハニーです (ウソ)。

iPod shuffleが届いてから1週間になりますが、結構満足しています。別にそのせいで更新が滞っていたわけではないのですが。

デジカメやHDDレコーダーは買うまでに結構悩みました。必要だとは思っていたのですが、いろいろ製品があって比較するのさえ億劫になってしまいます。もう少ししたらまた安くなるとも思いますし。なんかこう、背中を押してくれるものがなかったと感じです。

その中でiPod shuffleは久々の衝動買いでした。軽いとかかっこいいとかいるのもあるのですが、効いたのは、

「iPod shuffleはあなたが過ごす毎日を少しずつ変えてくれるのです。」

というフレーズ (アップルのiPod Shuffleのページより)。何を言っているかというと、これも引用ですが、
「意外性に満ちた毎日」にようこそ。iPodの「曲をシャッフル」機能が、「次に再生される曲がわからない」楽しさで、お手持ちのミュージックコレクションに新境地を切り拓いてくれます。

Pod shuffleは、お気に入りの曲を毎回ちがった順番で再生して、「お決まりのパターン」を完全に排除してくれます。

次に再生される曲が予想できないというだけでも「同じことの繰り返し」から、ほんの少し解放されるはず。iPod shuffleをつけて走れば、いつものジョギングコースの景色も違って見えるでしょう。次にかかる曲がわからないことで、見慣れた交通渋滞も少し新鮮に感じるはず。
ですって。

今までのiPodが「もっている音楽を全部持ち運べる」ということが売りだったので、その面では退化なんですが、容量の少なさを逆手にとったプロモーションといえます。まさに「直せないんだったら仕様にしてしまえ」(ワインバーグ) の実例になっています。

ここでアップルが提供しようとしているものはモノではなく、新しい体験であり、新しい生活。私達が買うのはそのモノではなく、それを使っている「自分自身」。

そういう提案をしているのはアップルがはじめてというわけではなく、むしろ良く考えるとこれまでもそれこそが購買意欲を刺激していたのだと思う。

・ Fun To Drive (トヨタ)
・ モノより思い出 (日産)
・ ウォークマン
・ ビデオカメラ
・ 2002年ワールドカップの年あたりから、そのころまだ高かったプラズマテレビ (今も十分高いけど) が急激に売れるようになった。購買層は中高年男性が多く、居間でくつろぐ余裕のある自分」を買っていたのだ。
・ 上記プラズマテレビの位置は昔はオーディオが占めていた。
・ ユニクロは、「ユニクロ製品で消費者のニーズに応えようとしているわけではなく、ベーシックなユニクロ製品と他のブランドを組み合わせて着てもらうことを想定している」と言っていた。客は「ユニクロ製品を組み合わせてもセンスのいい自分」を買っていたわけだ (全部ユニクロで揃える人も出てきましたが)。

ブログも新しい生活を提案していると言えると思います。そうだ、いつも訪問しているブログで見つけたこれも新しい提案かも。

デジタル家電が好調とは言われているのですが、DVDレコーダーなどの価格の下落ぶりを見ると、先が見えないような気がするんですよね。こういうところに日本の産業の復活の鍵があると思うのです。

■ 追加トラックバック
Life is beautiful (中島聡さん) 「アメリカで、ハイブリッド車が売れる理由、SUVが売れる続ける理由」
-- ハイブリッド車のトータルコスト上昇は問題ではない。ハイブリッドを乗り回す「地球にやさしい自分」が好き。

コメント
 Commented by rkya at 2005-02-15 23:14 x
ほんとですね、購買意欲をそそられるコピーには、それが加わったcool!な生活を予感させるものが多い。iPod shuffleやっぱ欲しいなーw 休日、上下ユニクロになっているダンナに気がつき、悲鳴を上げたことが何度かあります・・・^^;

 Commented by yoshihiroueda at 2005-02-15 23:40 x
★はるかさん、コメントありがとうございます。やっぱり買うことに自分自身が納得したいですよね。そして買った後もああよかったと思いたい。iPod shuffle買いたくなったでしょー(って私はアップルの回し者ですか)。ユニクロ上下はまだジャージ上下よりましでしょう。でも、はるかさんの納得するダンナにするために、はるかさんが気に入った服を買ってコーディネートしちゃいましょう。

 Commented by hide_roc at 2005-03-02 18:14 x
始めましてです。良くこのブログを覗いているモノですが、、、i shuffleについて検索してたところ、この記事に飛んできました。興味深いので、この記事トラックバックさせてもらいました。
それと、誠に勝手ながらリンクも貼らせてもらいました。もし迷惑であれば、一報お願いします☆

 Commented by yoshihiroueda at 2005-03-03 22:15 x
★hide_rocさん、いらっしゃいませ。トラックバックありがとうございます。それから、リンクも大歓迎です。私のところだけでなくリンクするのにいちいち断らなくて良いと思いますよ。へんな分類に入れて紹介されたりするといやですが。

2005/02/09

「ブログを育てる」という感覚

こんばんは。ポケモントレーナーのサトシです (ウソ)。

エキサイトでブログを開設したのは昨年5月で (それ以前にも日記サイトもブログもあったのですが放置状態)、最初はブログってどういう文化なのだろうということを知りたいと思ってはじめたのですが、6月終わり頃からだんだん本格的に書き出すようになりました。それから起算して半年以上になります。「にぶい更新頻度」を掲げてあまり無理しないようにしていても記事数で140になっています。

日記が続いたことがないというか、日記自体を書こうと思ったことがないので、続くとも思っていなかったのが、半年以上続いていて自分でも驚いています。日記と違って毎日書かなければいけないと思わなくて良いというのもありますが、その日あったことを書いている訳ではなく日頃思っていることをちょっとずつ整理して書いている点が大きいかなと思います。時事問題を扱うにしても、それまで考えていたこととの接点ができた時に書いているので、それもやはりただの日記ではない。

以前の書き込みに追記したり、シリーズにして続きへのリンクをはったりして、個々の記事は単一の時間をきりとっただけのものではない。過去の記事に手を加えるのを潔しとしない人もいると思いますが、私はできるだけ「追記」等の断りをいれて書くようにしています (更新しながら書く場合もあってそのときはいちいち記載しないのですが、最終更新の前にコメントで間違いや論旨の不備を指摘される場合もあります)。

また、過去の記事を自分で参照したり、他の人の記事にトラックバックして記事を書き、それにまたトラックバックをもらったりするので、単独の記事の集まり、スタックではなく、だんだん大きくなるネットワークだ。日記だったら読み返すことはないのでそこが大きな違いでしょう。もちろん筆がすべったりして傷もあるし、「息抜き」カテゴリのようにそのネットワークから見たらノイズのようなものもあるのですが、それよりも大きくなって行くネットワークがうれしい。また、コメントは、明示的にはネットワークを形成しないけれども、次の記事を書く励みやヒントを提供してくれている。私の場合はそこが宿題のバックログになる場合もある。

これが表題に示した「ブログを育てるという感覚」。

そだてたブログは小さいけれど私の財産だ。もう捨てられない。また、コメントやトラックバックをくれる人も大事な財産だと思っています。人気サイトに比べると数は少ないけど、荒らしと呼べるようなものはひとつもなく(誤解に基づくコメントはありますがそれは私の責任でもある)、有益なもの、嬉しいものが圧倒的に多い。また、毎回コメントをくれる訳ではないがリンクを続けてくれる人は私の次の記事を期待してくれているのだろうと勝手に思っていて、それらの人々も財産だと思っています。自分のブログの成長のモチベーション、糧になっている。また、他の人にも貢献したいというモチベーションにもなっている。

そして自分のブログの成長は、自分自身の成長につながっていると思う。知識と人のネットワークで武装した自分、そしてそれを生み出す能力を成長させている自分。

これを企業内に導入したらどうだろう。それが私が考えるイントラブログ。これまでは個人の視点で見てきましたが、このネットワークは個人を超えて部門を超えてつながり、企業の知的資産になる。このネットワークは知識のネットワークだけでなく、働く人々のネットワークでもあり、自分自身のことで書いたように個々の働く人々の知識を提供しようというモチベーションを高める。

追記: 忘れていましたが、このような知識共有にはそれを許す企業文化/風土が必須です。少なくともブログを書くことをサボっているとみなさず、知識の展開・創発とみなし奨励できるところでないとうまくいきません(以前『顧客が作る「サービスの魅力」』で触れています)。

ブログのビジネスへの利用を、企業の情報発信/顧客とのコミュニケーションツールの側面と、イントラブログ/企業内情報共有の観点から考えたいと書きましたが、後者が先になっちゃいましたね。

ここまで読んでいただきありがとうございました。次はもっとおばかモードをいれたいと思います。

トラックバック先('05.3.6 + α):
@HOMEさん: 「お気に入りのブログが読めないのは」
瀬戸智子さん: 「愛のまぜご飯」
浮世風呂さん: 「おかげさまで・・・浮世風呂も1周年:ちょっと、振り返り」
あざらしサラダさん: 「▽ブログのチカラ。」
  -- ブログは人の潜在的な「思い」を実現させる勇気を与える。
大西 宏さん: それでもライブドアから引っ越さない理由
  -- 固定読者の利便性を考えると...

2005/02/06

iPodがやってきた

こんにちは。たった今私の名がわかりました (ウソ)。

先日衝動買いで発注していたiPod shuffle (512MB) がやっと届きました。
ご注文受付日時: 2005年01月15日 10:11:AM
出荷予定日: 2-3 週
出荷日: 02/05/2005
予定日の一番最後...

こんな大きな箱に入っていました (本体に比較したらということ。 ちなみに緑の箱はCDくらい)。
(保証書シールとればよかったな)

2005/02/05

ビジネスブログ元年

日本の夜明けは近い。役所広司です (ウソ)。

リニューアル後、エキサイトブログのトップに「2005年 ビジネスブログ元年」って広告が出てきますね。エキサイトブログ向上委員会から「ビジネス目的のブログ利用について」という記事が出されており、
これまでエキサイトブログでは、商用目的のブログ利用を禁止してまいりました。今後、ブログがビジネスツールとして有望視されることから、ビジネス目的の利用を解禁いたします。
とあります。ただ皆さん指摘されているように(はりーさん「ビジネス利用」)、解禁されたと言っても何ができるようになったのか良く分かりません。だいたい、今まで何がどこまで禁止されていたのか明確ではありません。ここはエキサイトに期待したいところだと思います。

ただ解禁と言うのでなく、エキサイトは逆にブログのビジネス利用を推進しようとしています。上記広告の先にはエキサイトビジネスブログというページになっています(これはリニューアルちょっと前からあってはりーさんが紹介しています)。

「エキサイトビジネスブログ」サービス開始のごあいさつ には、
2005年、ブログは個人の日記やコミュニケーションツールを超えて、企業の情報発信、顧客とのコミュニケーションツールとして欠かせない存在となることが予想されます。
とあり、また、「エキサイトブログでビジネスブログを」では、
簡単・便利なエキサイトブログを、ぜひビジネスシーンでご活用ください。
といっています。あと、バナー広告では「エキサイトがビジネスをサポートします」みたいなことが出たような気もするのですが、今は見えません。ただサーバのスペース/機能を貸すだけでなく、コンサルティング、支援までやるのかと思ったんですが。

ここから見えることは、
・企業の情報発信、顧客とのコミュニケーションツールとして有効なものと考えている。
 (普通のWebとは違うと考えている)
・これまでと違って、そういう使い方を積極的に推進する
という姿勢です。

私は以前、「ブログとビジネス」で、ブログのビジネスでの活用を考えました。このときは、エキサイトにとってどうビジネスにつなげられるかという観点から考えていました。ここに山村社長から、
このサービスは一年後にはかなりの規模になっていると思っておりますが、収益源としては考えておりません。(もしなっていく何かが見つかれば嬉しいですが規模が大きくなったからといってオークションサービスのようにいきなり有料にするようなユーザーを裏切るような形態にする事もございません。あくまでも基本機能は無料で提供を続けます。)しかし新しいインターネットらしいメディアの姿がこのブログによって描けるような、まだまだ漠然とではありますが将来像を描いております。
というコメントをいただきました。これがその将来像の一部の実現なんだと思います。

今度はユーザのビジネス利用という観点から考えたいと思います。とはいえ、はりーさんが紹介されている「ビジネスブログブック」と整理の観点は同じになるかと思います。
・企業の情報発信、顧客とのコミュニケーションツールとして
・イントラブログ: 企業内情報共有、ナレッジマネジメント
  -- 後者はエキサイトではあまり想定していないかもしれません

「企業の情報発信」としては、社長ブログだけでなく、新製品(新車)キャンペーン時には開発者の声が直接伝わるブログなどがありますね。ツアーブログも、アーチストがわからの発信と言えると思います。それから、下記ではマクロメディアのユーザーサポートの事例があります。
日経BP 専門家の眼 2005/01/14 Webマーケティングの近未来 第22回〜欧米での企業ブログのケーススタディ(その4)
この記事ではブログによる「企業の情報発信」の難しさもかかれています。それからタイトルに22回とついているように、バックナンバーがたくさんあります。まだ全然追えていません。

ほんとに夜明けが近くなってきました。また後で。トラックバックもおいおいつけていきます。

2005/02/04

懸賞に新機軸

こんばんは。なすびです (ウソ)。

エキサイトブログ1周年おめでとうございます。私がブログ開設したのは5月なんですが、もっと早く気がついていればよかったな。

1周年記念プレゼントというのをやっているのですが、これがまた応募の仕方が新しい。

エキサイトブログ1周年記念プレゼントブログへようこそ!

希望するプレゼントのブログにトラックバックを送ることで応募になるので、
1) 記事を書かないといけない。
2) 応募の事実がばれる。
コメントを書くだけだったら、「ほすいー」とかかいても大丈夫なんでしょうけど、自分のブログに載るし、他からも読みに来るから、ちょっとは面白いこと書かないとね。

と言う訳で、当たる確率高いぞ!

しかも、山村社長と一緒においしいお寿司! というのもあって、
山村社長のおごり !
なんて魅力的なひびきでしょうか。

でもこれに応募する人は気をつけて下さいね。当選したら、みんなからレポートを期待されちゃうんですから。山村さんの言葉を一生懸命メモ取ったりなんかして、お寿司を楽しむ余裕ないかも。

ところでここにトラックバックを送ると何が当たるんだろ。

2005/01/29

僕もウゴツール使ってみた

おはようございます。かーくろうです。



山崎絵日和さんのところで知った「ウゴツール」を使ってみました。

さらに、その元情報は、mken1017さん「きままに_気楽に_まったりと」の「ウゴツール」です。

これだと震えながらマウス動かしても気付かれへんのがいいね(といいながらノートPCのトラックパッド使っていたのを忘れてました)。
ロゴ画像もこれに変えてみよう。

やっぱり「生きる力」

こんばんは。銭っ子です (ウソ)。

さて、はりーさんの「親の成長(しつこいけど)」のコメントで、私は、「人それぞれって個人レベルに落したくないという思いもあって、また考えをまとめたいと思います。ちょっと待ってね。」と書きました。相当待たせました。まだ自分で満足いく答えを出せていないですが、それを待っていてはいつになるか分からないので、少しずつ出して行こうと思います。

再スタートの地点は、その前の「成長欲求その4」のはりーさんの「コミットメント」という言葉と私がコメントで書いた「意志」あたりになります。「意志」、「決意」、「コミットメント」、「自分自身との契約」。これが、成長欲求を満足させる原動力になる。それまで、「経験」、「力」を養ってきていなくても、やるしかない、自分が決めたことなら。

ということに関しては同意する。

同意している、しかし、やっぱり意志の力を持続させられるのは並大抵のことではないと思うのだ。誰もがノーベル賞を取れる訳ではない、イチローになれる訳でもない。壁にぶつかったときに、どこかで「自分の限界はここなのかも」と思い、「これでいいんじゃないの。私にはブールのある邸宅もあるし、そこには美女もいる」と思うときがあるだろう。でもそこには自分へのごまかしがある。低レベルの力を身に付けていなければはやくその限界に達してしまうのではないか、と思うのだ。ここで注意していただきたいのは、低いレベルで限界が来る、といっている訳ではなく、早く限界が来るということを言っています。はやいうちに自分で成長を止めてしまうのではないか、そしてその後満足できない人生を送るのだ (一度挫折したら二度と成長できない訳ではない。ここはわざと極端なことを言っています)。

はりーさんとの考え方の違い (別に同じでなければならないと思っている訳ではありません) のひとつに、この意志の力への信頼の大きさがあると思う。

成長の意志があってそれから力をつけていくのでも、生きる力をつけたら成長の意欲が生まれるのではない。少しずつ力をつけ、自信を得て、次の目標が出てくるし見えてくる。逆にいうと大きな目標を持っていても、まずは小さな目標を目指すようにして、小さな満足を積み重ねて行く、そういうスパイラルアップ (正しい使い方じゃないかも) が必要と思うのだ。

そう進めていっても、誰でもイチローになれるわけではないというのは変わらない。どこかで限界を感じるとしたら、最初に設定した目標にどうやっても自分が達しないことが分かったら何に満足して生きて行けば良いのか。それは、「努力を止めない自分」、「成長を続ける自分」にだ。そしてそれははりーさんが指摘されるようにプロセスであり、目標に達していない段階でも常に得ることのできる満足なのだ。まあこれは「成長」を価値観においた場合の話であって、それ以外の価値観も当然あるのだが。

はりーさんとの認識の違いがもうひとつあるかも、と思っています。ちゃんと書いていませんでしたし、大前研一を引用したので誤解を招いているかもしれないのですが、私が「生きる力」というときに、それはすごく低レベルのことを想定しています。低レベルのことを含んでいるといったほうがいいかな。自分で切符を買って電車に乗って行きたいところへ行く、安いところを探して買い物をする、だまされない、流されない、正しいことを正しいと主張する、生活に自分なりの楽しみを見いだす、挫折から立ち直る、...

こういう力は金持ちかどうかにはあまり関係がないのは確かだろう。そういう意味で「ハングリー精神」に言及したのは適切でなかった。だが、モノだけでなく、だまされないように挫折しないようにするお膳立てなど、これらを全て与えていては「生きる力」は育たないだろう。

今日はここまで。これじゃ社会レベルの話ができるのはいつになるか分からないですね。

2005/01/25

iPodのアクセサリー

こんばんは。椎名林檎です (ウソ)。
先日iPod shuffleを衝動買いしちゃったんですが (発注したけど品物はまだ)、

2005/01/22

朝日のトンデモなさ加減に惑わされるな

こんばんは。久米宏です (ウソ)。

連日続くこの問題では、みなさんのブログ等 (浮世風呂さんの一連の記事、Tomorrow's Wayさん、ほか) をみていました。それらの情報から、私には、朝日の偏向ぶりとトンデモなさが目立ち、NHKの言っていることは正しいようにおもえていました。 取材を受けたNHK幹部が言ったことと反対のことを書かれたと言うのに対する反論も、証拠や根拠をしめす訳でなく、「だってそう言ったもん」というレベル。シバレイさんが、VAWW-NETの弁明を転載されていますが、私にはますますこの「裁判」の異常さと、それを何の批判も無く放送した場合の影響が憂慮されるものでしかありません。NHKは、もっと、「公正さを保つために自主的に手直しを指示しました」と言えば良いのではないか、と上記浮世風呂さんの記事にコメントも残しました。

しかし、日日光進さんの下記の記事をみて私ちょっと反省しています。
慰安婦を巡る朝日対NHK
この中で、毎日新聞2005年1月21日の社説「NHK特集番組 問題点を整理する必要がある」が紹介されていますが、ここでは、問題を整理し、
・ NHKに対し安倍氏らの政治圧力、介入が本当にあったのかどうか。
・ 番組の内容そのものに問題はなかったのか。
を分けて考えるべき、という提言がのべられています。そして、前者に関しては、番組放送前に内容を政府政治家に説明することの是非を問うています。

表題「朝日のトンデモなさ加減に惑わされるな」は自戒の念をこめてつけています。朝日対NHKどっちが正しいことを言っているという見方をするのではなく、どっちもジャーナリストとしていかがなものかという視点で批判精神を持ってみないといけないのだと思いました。

もう一度浮世風呂さんの記事にもどりますが、浮世風呂さんご本人のコメントで、「朝日、週刊新潮の広告掲載拒否」というのがありました。ちょっと前に読売新聞でも広告の一部を消して載せると言うことがありましたね。お互いジャーナリストとして、相手の言論の自由を尊重しないと、自分の首をしめることになるでしょう。今こそ、Tomorrow's Wayさんのサイドバーに掲げられている言葉「吾、汝の言に反対す。されど吾、汝の、その言を言うの権利、死に至るまで擁護せん」を噛み締めて欲しいものです。

2005/01/21

ブッシュ2期め

こんばんは。近藤里沙です (誰だそれ)。

昨日の晩からブッシュ2期めの就任式典の話題がよく出ていましたね。
お金使い過ぎ、イラクやインドネシアの復興に使え、とか
圧政をなくすため、とか言うんだったらイラクから出て行け、とか
ネクタイの色が水色なのは国際協調を重視している表れ、ってそんなことないだろ、とか、
今度は無線でなくて直接指示された言葉で宣誓してるのね、とか。
(最後のほうは私が言ってるだけです。)

その中でおかしかったのは、パロディムービー。
↓ ここにあります(Second Termから入れます)。
http://www.jibjab.com/originals/second_term (歌詞はここ)
ただ批判するために作ったのかと思ったら、$2.99でダウンロード販売もしているのね。肖像権等で訴えられないのかしら。

瀬戸智子さんも指摘されていますが、世界中の首脳が登場してるのに、小泉さんは出てないらしい。小泉さんも「湾岸戦争の轍を踏まないため頑張って支援したのに...」って思ってるのでしょうか (笑い)。

追記: 以前のパロディムービー"This Land" (上記サイトで見ることができます) では著作権の使用で問題を起こしていたそうです。
「ブッシュ対ケリーの喧嘩を描く大人気パロディー作品に、思わぬ落とし穴」(Wired News 2004年7月29日)
「ブッシュ対ケリーのパロディーアニメ、楽曲の公正使用権を主張して法廷へ提訴」 (Wired News 2004年8月5日)

冬は鍋!

こんばんは。なべおさみです (ウソ、しかしベタベタやな)。

日経BPの健康サイトにこんな記事が...
冬太り予防の“鍋”はスープが決め手

冬は鍋ですよね。週1回鍋をするとして、これで3週間分の鍋メニューが決まったな。

でもここで問題が...

ここで紹介されているメニュー、特に最後のやつなんか、1回で作ってテーブルに出すことが前提になっているような。うちはそれでは足りませんから! 食べながら食材をどんどんほおり込んで行かないと。しゃぶしゃぶじゃないですが豆乳鍋もやったことはあるのですが、最後は豆乳といえない状態になってますから!

もうひとつ。「野菜は長い時間煮込まないように注意」ってあるんですが、白菜なんか十分火が通ってとろとろになったやつが甘くておいしいんじゃないですか。

最後に、鍋はおいしすぎてついつい食べ過ぎちゃいますから! 「冬太り予防」って無理! きっぱり。

夏やせせず、秋に太って、冬に太って、って、切腹!

開腹! っていうなー。

2005/01/18

はてなアンテナあんたは何点?

こんばんは。イッパイアッテナです (ウソ)。

designcafeさんの「悩みますね」にトラックバックしています。

情報処理学会誌の「インターネット向上委員会」という連載で、「Webページのチェックを効率的に - アンテナ、RSS -」という記事がありました。

RSSは分かるけど、「アンテナ」って初耳。ということではてなアンテナへ行ってみました。サンプルページを見ましたが、うーん微妙。サイトの更新順に並ぶのですが、RSSリーダー (glucoseやgoo RSSリーダーなど) と違って記事単位にならないようですね。また、カテゴリで分類もできないみたいだし。RSSのないところも更新が分かるという利点はありそうですが。

MyBlogListも使ってみたんですが、これもどうも使いにくい感じがします。これもブログごとの最新記事が示されるようで、複数の記事が更新されている場合に、最新の記事に興味がなければ前の記事を見逃しそう。

使い方で勘違いがあったらご指摘下さい。

あ、それからアクセス解析も入れることを検討したんですが、これってサーバに負担をかけたりしないのでしょうか。ただでさえ、エキサイトブログ遅くなっているのにと思って躊躇しています。

補足: 「世祓い」のはりーさんが、関連ツールをサーベイされています。「これで決まり」という推薦もあります。→「更新チェックツール」
さらに、「テクノラティ」というブログ検索サービスの紹介と考察もあります。→「テクノラティ」

1月17日

過ぎちゃいましたね。

今日は私は淡々と書きます。

多くの関西在住のブロガーの皆さんが被災状況を伝えてくれています。関西には親戚で被災した人はいるのですが、幸い亡くなった人や大きなけがをした人はいませんでした。被災者の皆さんの心情が分かっていないところがあると思いますが、ご容赦下さい。

その頃私は横浜に住んでいました。あの朝起きてテレビをつけたら、関西で大きな地震が起こったらしいといっていました。まず感じたのは、なにかの間違いじゃ、ということでした。地震が起こったらテレビですぐに各地の震度が出るのが普通だったので、「らしい」って何だろうと思ったのでした。情報を伝えることもできないくらいの被害だったんですね。また、「関西に地震はない」と言われていたので、そのような準備もできていなかったんですね。

朝の段階ではニュースも混乱していて、被害の大きさがなかなか伝わってきませんでした。普通に出社して、途中に情報もはいっていたと思うのですが、事の重大さを実感したのは帰宅してからのように思います。

その後も日が経つにつれ被害の大きさが分かってきました。こんなときやはり感じたのは、お金を送る事くらいしかできないもどかしさでした。

海外のメディアが、暴動等起こっていないことを驚きの目で伝えていましたね。自分がほめられた訳ではないのですが、誇らしいと思うと同時に、日本人の自制心、いざと言う時の強さを神戸の人たちが証明してくれたようでありがたいと思いました。時代が違うのですが、関東大震災の時のような民族差別も起こりませんでした。テレビでは、神戸は昔から国際都市で多民族が融和して生きてきたと解説していました。東京ではこうはいかないだろうともいっていましたが、仮定の話になるのでそうかもしれないと思うほかありませんでした。

以前も書きましたが、田中康夫氏(現長野県知事)が、女性用下着だったか生理用品だっかをバイクで配って回っていると雑誌の連載で書いていました。被災地で必要なものは何かということに関して、それまでの災害ではあまり話題にあがらなかったように思います。それを気付かせてくれた点でも田中氏の行動は評価されるべきものと思います。今回の新潟中越地震では「被災地に必要なもの」ということがかなり認識されていたようにおもいます。それでもカップラーメンだけあってお湯がないとか、その一方でなまものがだめになったということもあったようですが。

これはだいぶ後になりますが、仮設住宅への移行はなかなかすすまなかったときいています。仮設住宅が遠く不便という意見が多かったようです。2年後くらいに神戸の六甲山の北側の新興住宅地に行ったことがあるのですが、そこの公園に仮設住宅が建てられていました。確かに神戸の中心地までは遠いかもしれないが、ここから毎日通勤している人もいるのに、こんな遠いところなんていうのは失礼じゃないかと思いました。慣れ親しんだ土地や友人と離れるということは理解できますが、会おうと思えばいつでも会える距離なんですから。

地震保険にはいっていない人が多かったことも問題としてあげられていました。後で知ったのですが、地震保険は掛け金が高く、また火災保険の特約としてはいるのですが、火災保険の1/3しか補償されません。入るのをためらってしまいます。

ここ数日のテレビや新聞で、改めて被害の大きさを再認識しています。被害の大きさ、亡くなった人の多さよりも、今後を強く生きて行こうとする人々の底力に感動をおぼえます。難病の子が書いた「生きる力」という習字を見たら涙がでそうになりました。これからを築いて行く若い人の意志に対しては涙腺が緩む傾向にあるようです。歳をとったということか。

「生きる力」... あ、宿題忘れてた。

2005/01/15

杉田かおるさん結婚おめでとう

こんばんは。酒井 順子です (ウソ)。

杉田かおるさんが電撃結婚だそうですね。紀宮さまのときよりもなんかほのぼのしちゃいます。

今朝の情報番組では、結婚後も仕事を続けるという本人のコメントが紹介されていましたが、同じようなキャラでは使えないと思うぞ、って心配してやる必要もないんですけどね。貴理子も生き残ってるからなんとかなるのか。

今度は中森明菜に幸せになってもらいたいです。

青色LED特許裁判和解

こんばんは。ドクター中松です (ウソ)。

もう既に多くのブロガーの方が記事に書かれていますが(トラックバックは最後にまとめます)、中村修二氏と日亜化学工業の間で和解が成立しましたね。私もずっと日経エレクトロニクスの記事等読んでいましたが、日経BP社がこれまでの記事をまとめたサイトをオープンしました。双方の立場からの主張が載せてあります。事実関係は明らかにならないところも多いのですが。

スペシャルレポート 中村裁判
(リンク先には会員登録(無料)が必要なところもあります)

いくつか感想を。

・ まず、和解しておいて裁判所に不満をいうのは見苦しい (誰かも言及されていたと思うのですが見つからない...補足: 小言日記さんでした。失礼しました)。

・ サインするときにその意味、もたらす結果を把握していない (僕が会社を訴えたわけ) のは大人の態度じゃない。ソフトウェアをダウンロードしたり何かの会員になるときには、利用規約を読んでAcceptボタンを押すよね(すごいスピードで読むけど)。

・ 6億円 (遅延損害金を加えて8億4000万円) でも、十分技術者に希望を与える額だと思う。

・ ビジネスの成功/失敗が分かった段階での「貢献度」は算出は難しい。本来は価格設定にライセンスのコストが勘案されるべきなので、あらかじめ契約をするもの。契約によってどちらもリスクをとる (安く技術を売っちゃうリスク、ライセンス料が高くてコストにはねかえり結果的に売れず双方が損するリスク等)。

・ とはいえ、発明した後に社員側に譲渡しない選択肢はない。譲渡しなければ特許は出せず双方の損失になる。結局契約は発明前に行われるべき (今度改正される?された?特許法ではそうなる)。

・ 発明を行っている時間も給料を貰っている、発明という業務を行うための報酬は支払っているという「職務発明」という概念はある程度理解できる。

・ しかし、発明で得られた利益を全く発明者に還元しないというのでは、良い技術者は集まらないだろう。また、既に社員になっている人にとっても、良い特許を書くモチベーションにならない。

今後技術者は今まで以上に自分の価値、自分がこれから生み出す価値について客観的な評価が必要になるでしょう。現在は労働市場の流動性はまだ高いとは言えませんが、将来流動性が高くなって行けば、自分を適切に評価してくれるところを探すという傾向が出てくるでしょう。それは逆に価値の低い技術者は会社にいられないということも意味しています。これは自戒でもありますが、常に価値を高めて行く努力が必要になると思います。

トラックバック先
■ dragon2011さん: どっちもどっちかはたまた。青色LED訴訟
■ night_in_tunisiaさん: 青色発光ダイオード訴訟和解の件
■ 瀬戸智子さん: 青色青光
■ 小言日記さん: 怒り

2005/01/10

文句をいうなら汚したほうへ言え

こんにちは。杉原千畝です (ウソ)。

こんなニュースがありました。

毎日新聞1月10日 (リンクはYahoo!ニュース)
少林寺拳法 「卍」紋章を変更 香川・多度津の本部
(新しいマークは少林寺拳法オフィシャルホームページからリンクをたどって見て下さい。今のマークも出ています。)
「卍」はナチスのかぎ十字(ハーケンクロイツ)を裏返した形になっているため、欧米のユダヤ人団体などから反発が続いていた
って逆だろ。まんじが先にあって、ハーケンクロイツがそれを裏返しにしたものだ (補足: 成立は違うけどね)。

ユダヤ民族の諸君へ。ハーケンクロイツを連想するのは分かるが、文句は卍を穢したドイツ民族に言え。

ドイツ民族の諸君へ。私達が卍を穢しました、ごめんなさい、卍に罪はありません、我々が悪の象徴とするために卍を「裏返して」使いました (補足: design-lifeさんのコメントにありますが、逆卍ももともとあって、いい意味をもっているそうですね)、って全世界に発信しろ。毎年各国の主要紙に全面広告をだせ。ユダヤ民族が納得するまでだ。ドイツ民族にはもっといいたいことがあるが、人道的見地から控えておきます。

少林寺拳法グループの皆さんへ。卍は君たちだけのものじゃない。君たちが折れたら卍全部が使えなくなるまでいわれなき批難が続く。猪木だって必殺技が封印されたら困るだろ。使ってきたんだったら最後までちゃんと主張しろ。「世界中に少林寺拳法の普及」なんて利己的な理由と天秤にかけるな。

記号をけがすな。記号に罪をおしつけるな。卍がハーケンクロイツを連想させるというのなら、世界には虐殺や侵略のシンボルそのものといえるものがたくさんある。ダビデの星はパレスチナ侵略虐殺の象徴だ、十字架も中東と中東までの経路に対する侵略と略奪を行った十字軍の象徴だ、二度と使うな、と言われたら皆さんどーする?

補足: 日の丸もずっと昔から使っているものだ。侵略戦争のシンボルだから使うなと言う論調はおかしいだろ。

たとえアラファト議長が許してもこのuedaが許しません。

コメント
Commented by n_ayada at 2005-01-10 15:53 x
>ダビデの星はパレスチナ侵略虐殺の象徴だ、十字架も中東と中東までの経路に対する侵略と略奪を行った十字軍の象徴だ
このへんの歴史認識は、もっとしっかりする必要がありますよね。私も含めて、勉強しましょう。

 Commented by night_in_tunisia at 2005-01-10 17:05 x
イスラム圏の人にしてみたら十字架は侵略のシンボルなんじゃないかなー。いや、よく知らないけど。僕はうえださんに賛成。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-10 20:36 x
★n_ayadaさん、勉強するのはやぶさかでないのですが、どう勉強したらよいのでしょうね。
一部だけ切り取られて引用されると誤解を受ける可能性がありますが、私ダビデの星や十字架を使うなという論調に与していません。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-10 20:36 x
★night_in_tunisiaさん、コメントありがとうございます。自分の見方が全てではない、自分の価値観だけで他者を否定するなということを言っています。もちろん、人命、人権、愛など人間に共通する価値観はあるべきだと思いますが。

 Commented by fumi_o at 2005-01-10 23:45 x
お久し振りです♪
全然話は違いますが、青森県弘前市の銘菓に
#卍最中(まんじもなか)
というのがあります。:-)
こちらのサイトで確認できますよ。↓
http://ajiwai.or.jp/ajiwai_data/no146/page_02/page_02_data.html

 Commented by n_ayada at 2005-01-11 00:54 x
私の文章力が無いばかりに、言いたかったことと反対の意味に受け取られたようです。この記事には賛意を示したつもりだったんです。
反省・・・・・

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-11 04:12 x
★fumi_oさん、いらっしゃいませ。コメントしていませんが私も継続して拝見しています。卍って弘前市の市章でもあるんですね。で、弘前市のホームページも見てみましたが、宗教的な意味はもたせてないんですね(弘前市のホームページの「市政」の下に「市議会」や「産業」と同じレベル、しかも「産業」の前に「りんご」ってあって微笑ましい)。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-11 04:17 x
★n_ayadaさん、真意を誤解して申し訳ありません。あの部分はわざと挑発的に書いて、自分でもぴりぴりしていたので、あの部分だけ取り出されると誤解を受けたかと思いました。
賛同いただけてありがたいです。

 Commented by まきこ at 2005-01-11 19:20 x
にゃはは。おもしろい。
ハーケンクロイツは、ナチス党の党章だから、もしこれを誰かが使い出したら「おまえどういうつもりでそれ使ってるんだ」っていわれるのは当然ですよね?
日の丸は、大日本帝国の旗なわけじゃないからOK? 
ってことは、大日本帝国の面々は、日本のみなさんに、「みなさんが親しんできた旗を侵略に使って、嫌われる旗にしてしまってごめんなさい」って謝って、侵略した国々には「みなさん、私たちはこの旗を使って侵略しましたが、これはもともと侵略のシンボルではありません」ってわかってもらうまで説明する必要があったってことになるのかな?
そうかもねー。でなきゃ、あの旗、使いにくいですよね。
ところで日の丸って、大日本帝国以前から日本の人たちに親しまれていたのかな。よくわかりません。

 Commented by design-life at 2005-01-11 23:46 x
この記事確かに気になりました。デザインに身を置く者として、安易に謝罪して欲しくないものです。アメリカの友人とも話していたんですがユダヤの人々は、特に被害妄想が強いのかこの手の事(言い出したらキリがないし、同じような矛盾も秘めているのに)に神経質になっていますよね。マークを問いただすより、本質を問いただして欲しい。ちなみに卍ネタで言うとインドネシアの「スワルテチィカ」という逆卍の紋章(と言うかシンボル)があるのですが、それは幸福の象徴でもあるんです。たった一つの言いがかり(言い過ぎかもしれませんが)が諸民族の文化を犯すのはおかしいことです。。

 Commented by hrcod at 2005-01-12 18:46 x
はじめまして。
記号の持つ力というか、与える影響にびっくりしました。自分を表す一つのツール、または象徴としての意味の上に、いろいろなものを背負って成り立っているものなのだなぁ、と感じました。それだけ影響のあるものとして、その対象としてデザイン(記号)は意味あるものだと痛感しました。しかし、その一方で「記号に罪を押しつけるな」という一節にはとても共感します。
それにしても、時には吐き捨てていたり、それでいて鋭い文章。こんなに爽やかに共感できたのは初めてです。思わずコメントしてしまいました。

 Commented by smpinkd at 2005-01-12 22:49 x
はじめまして。色々と考えてしまいました。もっと勉強しなきゃ。
僕なんかは単純に世界的に広めたいのなら仕方ないんじゃないかと思ってました。少林寺拳法の関係者にしてみれば、グローバルに展開して、いずれは「オリンピック競技」になんてことの方が重要なんですよ。伝統よりも繁栄の道を選んだのですね。きっと。
この新しいマークが卍を超えるものだったら大拍手だったんですけどね。って話題が逸れてしまってますね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:05 x
★たまごの距離のまきこさん、いらっしゃいませ。そんなにおもしろいですか?
私は「大日本帝国の面々」と日本民族を分けて考えていません。反戦を貫いた人もいるでしょうが、日本全体が戦争を歓迎または容認する空気になっていたのだと思いますので。といって批判するつもりもなく、ただ今後二度と過ちは繰り返しませんという決意につなげたいと思っています。
他国のシンボルをけがした訳ではないので、積極的に謝る必要はないと思いますが、日の丸が侵略のシンボルだと言われたら、そうではないことを根気づよく説明して行くしかないかと思います。もちろん多くの日本人がそこまでして日の丸にこだわる必要ないと思うのなら別なのですが、私は日の丸のデザインには愛着がある。色を3つ並べたデザインが多い中で、シンプルでユニーク、力強いデザインだと思う。鉢巻きに日の丸描いて「合格」なんて書けば勉強にも身が入るというものです。
話がそれました。日の丸の歴史は古いはずですが、どれだけ親しまれていたかに関しては分かりません。日の丸の歴史は国粋主義的な観点から書かれたものは多くみつかるのですが、客観的な記述を見つけることができません。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:16 x
★design-lifeひらさわさん、トラックバック+コメントありがとうございました。おかげさまで今日のアクセス倍増しており、とってもありがたいのだけれど、とってもコッパズカシイデス(ってすみません、PROP DESIGNさんの文章をパクってみました)。特にデザイン関係の人にとってはコンセプトから考えに考え抜いて作ったものに別の意味を与えられ、さらに謝罪すると言うことは相手の主張を認めることで受け入れがたいと思います。
おっしゃるとおりこれは「文化」であって、「文化」というのは「共有する価値観」のことです。それを否定するのが、一神教の宗教をもつ民族の不寛容性だと思います。
http://ryokan.exblog.jp/796210

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:30 x
★ hrcodさん、いらっしゃいませ。
言語は私のテーマの一つなんですが、言語も記号の一種で、同じような力を持っています。次の記事も関連していることを書いているので読んでいただくとありがたいです。うちの奥さんからはそんなかたいテーマで書いても誰も読んでくれないんじゃないのと言われているのですが。
http://ryokan.exblog.jp/1495261
それから、文章に関して過大な褒め言葉をいただきありがとうございます。てれるなあ。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-13 00:45 x
★smpinkdさん、いらっしゃいませ。
smpinkdさんもデザイン関係か建築関係なんですね。どちらにしろ新しいデザインを作る場合にはターゲットに響くだけでなく、多くの人に受けいれられるものにするのは重要だと思います。ただそのために伝統を犠牲にしてもらいたくないです。

 Commented by 鍵 at 2005-01-14 13:50 x

 Commented by あのう at 2005-01-14 19:08 x
>まきこさんは
みしるしもって戦争や紛争を人間は何千年やってたと思ってるんですか。
>ってことは、大日本帝国の面々は、日本のみなさんに、「みなさんが親>しんできた旗を侵略に使って、嫌われる旗にしてしまってごめんなさい」>って謝って
学校教科書受け売り程度の知識でよく言う。
中韓以外の国の当時の日本の対応とか国情しらべてみろ。
欧米的覇権侵略とまた違った側面がある。
インドネシアやフィリピン、台湾じゃ尊敬されてる日本人が沢山居た。
偶には相容れないかもしれんが対立側の情報も調べてみろ。
そんな浅はかな知識で国叩きなんぞ虫唾が走る。

 Commented by 聞きかじり at 2005-01-14 22:37 x
卍や逆卍は単なる記号でなくて漢字のように意味をもった文字(凡字、チベット仏教の文字)じゃなかったっけ? 卍は「和」を意味し、逆卍は「力」を意味して双方を持たざれば人々を涅槃に導くことができないんじゃなかったっけ?卍からハーケンクロイツを連想するのは容易に想像できるが、言葉を尽くして説明したのかな?という気はしますね。残念です。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 22:40 x
★錠さん、「少林寺拳法がナチスより前」とは書いていません。「卍が(ナチスの)ハーケンクロイツより前」と書きました。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 23:22 x
★あのうさん、まきこさんは、「ということは」で始めているので、仮定を置いた場合の話をしていると思います。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-14 23:24 x
★聞きかじりさん、逆卍の存在は知りませんでした。ありがとうございます。「言葉を尽くして説明したのかな?という気はしますね。残念です。」という点は私も同意します。

 Commented by SUSI at 2005-01-15 01:29 x
初めまして&既出だったらごめんなさい。
非常に不思議なんですけど、イスラエルはフィンランドやスウェーデンのルーセン伯爵家に文句をつけたことがあるのでしょうか? 青い逆卍(ハカリスティ)はルーセン家の幸福のシンボルであり、フィンランドは一時国章にしていました。さすがに紛らわしいので、1944年11月からは青十字を国章にしておりますけれども。現在でも、フィンランドにおいて青い逆卍はフリーパスです。
WW2時、NSDAPが意匠として使っていたのは45度右に傾けた逆卍で、正確には逆卍じゃないんですけどねえ。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 03:42 x
★SUSIさん、情報ありがとうございます。ルーセン伯爵家のことは初めて知りました。なにをもって反発されるのかよく分からなくなってきました。

 Commented by かかしA at 2005-01-15 05:53 x
『ゴルゴ13”裏切りのスワスチカ”』にこのネタがありました。
ハーケンクロイツはオカルトに傾倒したナチスが、スワスチカというチベットの卍をデザイン化したもの、と説明してありました。

原因は来歴も知らずに嫌う人の方にあるのでしょうが、「一々、頭に血が上った人たちに対応するリスクを負うよりはいっそ変えちゃったほうが楽だ」というのも、まあもっともな考え方かなと思います。
もしどこかの団体のように「我々の勝利だ」などと宣伝に利用されたらたまったものではないでしょうが、今の所そういった話はないようですし。

しかし政治の尻拭いを、無関係な第三者がさせられるというのは、非常に苦々しい話ですね。

 Commented by kotaro at 2005-01-15 07:25 x
少林寺拳法を少し習った者です。道着の左胸には卍の印がありました。級や段が上がっていくと,黒色卍が緑卍,赤卍,黄色卍などと替わっていくので,練習の励みにもなったものです。

少林寺拳法を学ぶとき,同時に教典を渡されました。中には,聖句,誓願,信条,道訓などが書いてありました。それらの教えの元に,鍛錬を積んだものです。自分のためと人のために。その内容は総本山のHPにもあります。ぜひ一読されたい。少林寺拳法は,自己確立と自他共楽のためにあるのです。

そのマークとしての卍が,理解なき怨恨によって変えられるというか,自己規制してしまわれるのが残念です。これには少林寺拳法総本山の開祖である故宋道臣先生も悲しんでおられるのではないでしょうか。

少林寺拳法を世界に広めるためには,その形だけ物理的にできていったってだめだというのは,やってる人間なら分かるはずです。卍マークも新しいマークと同様に広めていって,少林寺拳法がめざすものを文字通り説いていってほしいと願っています。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 11:17 x
★かかしAさん、コメントありがとうございます。逆卍の由来ですが、親衛隊の略称がSSでそれをデザイン化したものというのもありました。
http://www.ne.jp/asahi/mili/surva/dooberu/manzi.html
私は少林寺拳法グループにはもっと頑張ってほしかったのですが、民間団体に期待し過ぎなのかもしれませんね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-15 11:23 x
★kotaroさん、コメントありがとうございます。少林寺拳法はそういう理念も重要視しているのですね。そういう理念を学んだ方にとっても、その理念まで曲解されているような無念さがあるのはとても理解できます。

 Commented by newright at 2005-01-15 21:27 x
蒸し返すようですが日本の国旗が云々について・・・

ドイツが過去の過ちを悔いて逆卍を封印したことは相手の気持ちを慮った評価できる贖罪の方法ではあるでしょう。けれど一方の日本が戦中のシンボルでもあった日の丸を捨てなかったことはまるっきり過去から目を背けた開き直りなのでしょうか。
戦中の日本が何をしたとかしなかったとかいまさらな議論です。法的に裁かれ、賠償の責務もある程度果たしたはずのわたしたちがいまさら何を否定し、あるいは自らを貶める必要があるのでしょうか。
キリスト教の十字架はそもそも十字架に架けて神をその手で殺めてしまうという人間の犯した最大の罪を決して忘れないという意志によってシンボル化されたものです。
自らの過ちを認めて、それを繰り返さないために罪を背負っていくことは、そうした意思を保つ限りにおいて誇れる行為です。過去の罪をシンボルと一緒に捨て去って、わたしたちは変わりました、というほうがよっぽど楽なことだと思います。

ただそんなことをすっかり忘れて、旗についている汚れを躍起になって洗い流そうとするくらいなら、そんなものは捨てちゃったほうがいいですけどね。

 Commented by 赤井報道 at 2005-01-16 10:47 x
昔、十字軍の遠征で侵略されたイスラム諸国では、赤十字の十字はタブーなので旗が違います。旗の図案は「剣を持った赤い猿の絵」です。
やはりタブーになるんでしょうな。

だがそれに過敏になり、他人に強制をするのもどうかと思う。
人が嫌うものをわざわざ誇示するのは単なる嫌がらせでしょうが、別に
自分が嫌いなのなら避ければいいだけ。また卍や逆卍を使う方も、十分な説明をして自分に意図的な非は無いと理解させればいい。
相手の立場を理解し、無意味な言葉狩りや記号狩りをすべきではないと思う。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-16 14:16 x
★newrightさん、コメントありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。今後も平和を築いて行こうとする意志が重要ですよね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-16 14:19 x
★赤井報道さん、イスラム世界における赤十字の扱いに関しては初めて知りました。ありがとうございます。
> 無意味な言葉狩りや記号狩りをすべきではない
私も同じ思いです。

 Commented by KEN-NYE at 2005-01-26 15:02 x
 赤十字は国際組織があって、その下に各国の組織がありますが、イスラム圏では十字を使わず「赤新月」になっていますね。「赤新月」の言葉はイラクのニュース等でお馴染みかと思いますが。

http://rcehime.parfe.jp/kokusai51.html

 日の丸って美しいですよね。3歳児でも書けるし、遠くから見ても間違えようがない。「色の順番どうだっけ?」と悩むこともない。私の知識が間違っていなければ、元々貿易船だったか軍艦だったかが国籍を明確にするために使い始めたのがそのうち「国の旗」と認められるようになったもので、明治時代ぐらいからでしょう。意匠としては大昔からあるようです。
 侵略戦争に対する非難を全身で受け止める日の丸も可哀相です。そろそろ、受けるべき人が非難を受け止めなければ?

 Commented by yoshihiroueda at 2005-01-27 01:19 x
★KEN-NYEさん、前のコメント通り、私はイスラム圏の赤十字のことは知らなかったのです。「赤新月」というのはKEN-NYEさんの情報で初めて知りました。ありがとうございます。日の丸は守って行きたいもののひとつですね。
 Commented by 赤井報道 at 2005-03-08 00:47 x
日の丸はシンプルで、それでいて美しい。
明治時代、この日の丸を売って欲しいと言ってきた国もいるほどです。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/hinomaru.html
>遂にはフランス(泉欣七郎・千田健共編『日本なんでもはじめ』 注、安津素彦『国旗の歴史』によればイギリス)が、正式に政府代表を立てて明治新政府に対し、「日の丸を500万円(当時の金額)で我が国に売却して欲しい」と依頼してきたのです。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-03-08 02:59 x
★ 赤井さん、日の丸を売ってくれという依頼があったことははじめて知りました。教えていただきありがとうございます。売ってくれといわれるほどだと知ってますます誇らしくなりますね。また、売らなかった明治政府にも感謝したいと思います。

 Commented by 23 at 2005-04-27 14:55 x
少林寺拳法は以前から外国では違うマークを使っていますた。今回の変更は団体内部の利権がらみではないかと言われれおり、怒っている少林寺拳士がたくさんいますよ。ちなみに、少林寺は中国の少林寺にパテント料みたいなものを貢いでいることでも有名ですが

 Commented by yoshihiroueda at 2005-04-29 07:36 x
★23さん、情報ありがとうございます。23という名前のところは2ちゃんねる当該スレッドへのリンクなんですね。少林寺拳法と中国の少林寺は組織的なつながりはないとはいいながら、そういう関係(ロイヤルティ?)はあるんですね。

 Commented by 昔習ってました at 2007-09-23 16:20 x
う~ん、やはり他の国に遠慮してマークを変えたというのはどう考えてもばかばかしい。
ホントウの理由があるがそれを公表できないのでもっともらしい理由をとってつけたと考えるのが良いのでは?23さんの言うように利権がらみってのが妥当なところでしょう。
中国の少林寺かどうかはわかりませんが、もっと俗っぽい個人もしくは団体に、「俺たちが権利もっているから使うなら金払え」って言われていたとか。

 Commented by yoshihiroueda at 2007-09-23 23:49 x
★ 昔習っていた方、
昔の投稿にコメントをいただき少々驚いています。なにかあったかな?
他のスポーツが体育協会みたいな組織になっているのに対して、日本の少林寺は個人が立ち上げた組織のようですね。そういう意味で情報公開も十分でないのだと思います。単なる言い訳に使われたのだとしたらユダヤ団体の皆さんにも迷惑な話ですね。

2005/01/08

欠乏充足欲求と成長欲求

おはようございます。人はパンの耳だけで生きられない、って何を言ってるのだ俺は。

はりーさんが、「成長欲求その3」で「これでも違和感は残るなぁ。」と述べている。たぶん微妙なところで定義が違うのではないだろうか。または定義は同じだがそこにはいるインスタンスの想定が違うのかもしれない。

まず、「欠乏充足欲求」は他人が与えることもできるもの、「成長欲求」は他人が与えることができないものという区別(定義ではない)は同意していただけると思う。
また、ハリーさんのいう
満腹になればそれ以上は食べられない。美味しい物や珍しい物を食べたいとかいう、さらなる欠乏は発生するだろうけど、基本的に欠乏は埋めれば解決、満足できる。
これに対して、成長はプロセスであり、その欲求も満足も客観的な尺度など無い。自分が実現できていると感じるかどうか、でしかないのだ。
「状態」と「プロセス」の差異にも同意できる。

しかし、ここで成長欲求で例に出されているものがスポーツや芸術家などなのだが、これらは個人レベルの努力で実現 (プロセスなので「実現」という言葉はおかしいが) できるものに限定されているように思う。

例えば、バンドをやりたい、コンサートをやりたいといったらどうだろう。また、こんな商品を世の中に送り出してやりたい、ヒットさせたいという欲求はどうだろう。人との関わりの中で自分の意志を伝えたり、他人が求めているものを知ったり、社会の仕組みを理解していたり、欠乏充足欲求を自分で満たそうと思った場合に必要だったスキルはやっぱり必要になるだろう。何でも与えられていた時には必要でなかった工夫も想像力も必要だ。もちろんハリーさんのいうように違う力は求められるが、欠乏充足欲求を満たすために必要だった基本的な「生きる力」はやはり必要と思うので「前提」と書いた。

もしかしたらこの「欠乏充足欲求を満たすために必要な力」というもののレベルがハリーさんと私で違うのかもしれない。それは「欠乏充足欲求」のレベルが違うのかもしれない。というのは、
限られたパイを奪い合うのと、自分が成長したり、より良き社会を創り上げていくのとでは、必要となる力は違うんじゃないかなぁ?
とあるのだが、私が想定する「欠乏充足欲求」は、今の日本では、不満さえいわなければ「限られたパイを奪い合う」ことなしに満たすことができると思っているからだ (前回大前研一を引用したのはこの考え方にはあっていないので不適切だった)。確かにこの「不満」は、「より良い生活をしたい」という意味では「欠乏充足欲求」なのかもしれないが、「私にはもっと価値のある仕事ができるはず」という意味では「成長欲求」と思えるのだ。どちらかが正しいといってる訳ではなく、捉え方はさまざまだろうといっています。
...
話が結局「欠乏充足欲求」と「成長欲求」に区別がつけられないという方向になりつつある。最初の時点で、私が言いたかったことをハリーさんが出された「成長欲求」に絡めた話に持って行こうとしたのがまずかったのか。

これらをふまえてもう一度言いたかったことを修正してみる。前回の修正版
低レベルの欲求を自分の力で満たしていく上で身に付けた力が、上位レベルの欲求を実現する前提になっているのかもしれない。
を、これまでの言葉もとりいれて
他人が与えることで欲求を自分の力で満たしていく力を身に付けていないと、他人が満たしてやれない欲求を持った際に途方にくれる。他人が満たしてやれない欲求を自分で満たそうと思わなくなり、さらには、欲求をもたなくなるようにもみえる。
と修正してみた。原型とどめていませんね。

どうかな。乱暴な論理展開は含まれていると思うが、私の中では整理されてきたと思う。つきあっていただいたハリーさんには感謝しています。

最後にちょっと補足。もともと子どもに何でも与え過ぎるのはどうかという話だったが、子どものときに与え過ぎると一生ダメと思っている訳ではありません。大人になってもまれてから生きる力の不足に気付いても取り返しはつくと思っています。逆に大人になってからも生きる力が衰えることがあるだろうと思います。

2005/01/07

成長欲求を叶える力

こんばんは。海賊王に俺はなる、ルフィです(ウソ)。

私の生煮えの考えにトラックバック、ご意見ありがとうございました。

まず、マズローの言葉を使っていますが、これに関しては、トラックバックしてくれたハリーさんの「成長欲求」へのコメントでsabretoothjapanさんが、解説およびそれに対する批判も含めて解説して下さっています。ごめんなさい、ちゃんと理解してもいないまま使っていました。私の捉え方はすごく低レベルで、「衣食足って礼節を知る」、ちがった、「人はパンのみにて生きるにあらず」くらいの意味でした。以降ではマズローの「自己実現」などという言葉は使わず、ハリーさんが使われている「成長欲求」を使うことにします。あるいは「夢」といっても良いかもしれません。

私が書いた記事
もしかしたら、低レベルの欲求(1. 生理的欲求と2. 安全の欲求)は自分の力で満たしていくことが、上位レベルの欲求をいだく前提になっているのかもしれない、とも思う。
の部分に対して、ハリーさんは、
要するに如何に明日を創っていくか、なのだろうから、低次欲求を自分で満たすかどうかとは直接関係しないと思うのだがねぇ。
と書かれています。

うん、分かります。ではこう変えてはどうでしょうか。
低レベルの欲求を自分の力で満たしていく上で身に付けた力が、上位レベルの欲求を実現する前提になっているのかもしれない。
変え過ぎですね。

私がいいたかったのは、この「力」なのではないかと思う(まだちゃんと整理できていないので他人事みたいな書き方になっています、腹が据わってなくて申し訳ありません)。生きる上で工夫したり、想像力を発揮したりする必要がなかったら、そういう力を身に付けることができず、いざ自分の夢をもったときにどう実現させれば良いのか途方に暮れるのではないか。そして一部の人は最初の時点から挫折するのではないか。そしてそれは「成長欲求」を持っていない状態と区別が付かないのではないか、と思うのだ。

ちょうどPRESIDENT 2005.1.17号で大前研一が
これから日本は大混乱に陥る。一寸先は闇のジャングルの中で生きてることのできるできる人間を育てないといけない。その訓練を世間知らずの教師に任せていたら、生贄になるための人間を育てるようなもので、世の中に出たら即死すること間違いなしだ。... 会社の厳しさ、マーケットの激しさといった「ジャングルのルール」を教えられるのは父親だけなのだ。
と書いている (原文には母親ではなく父親だけと書いてあるのだがそこはここの論旨から外れるので引用しない)。要は生きる力を身につけさせろということだろう。ここで引用していない分も含めると、低レベルの生きる力だけでなく夢を実現させる力も含んでいることが分かる。

まだ固まった意見とはいいがたいですが、少なくとも「生きる力」を具えることは重要と思う、ということだけはいっておいて筆を置きたいと思います。

2005/01/04

豊かな時代のモチベーション

こんばんは。富豪刑事 深田恭子です(ウソ)。

そふぃあさんが、「すこし改まって」
私も戦後の世代ですが、生まれたときはまだまだ日本が貧しかった頃でした。
現代の若者や我が子を見るたびに、物質的には恵まれた時代だと、しみじみ思います。
しかし、モノが豊かになった分、頭を使ったり工夫したり想像したりすることが
減ってきているな、ということも確実に感じます。
欲すればいくらでも手に入る時代、我慢したり辛抱したり苦労するのは
馬鹿げたことなのかもしれないですが
と書かれています。

私も今から見れば子供の頃は豊かではありませんでしたが、物質的に窮乏を感じたことはありません。大学時代は親元を離れ仕送り+奨学金 (+バイト) で生活していたので決して自由にお金が使えた訳ではなかったのですが、それで不幸だと思ったことはなく、その範囲で生活することを楽しんでいたように思います。帰省は周遊券を使えば急行は追加料金が不要だったので、夜行の急行 (寝台車ではなく一般座席) を使ったりしていました。就職してからも多少楽になったものの、一人暮らしは変わらないので、お金をセーブしながら生活を楽しむのは変わりません。そのレベルでの生きていく力はあったと思います (今も貧乏性が抜けないのはちょっと困る点)。

一方今の子どもたちは、そふぃあさんが指摘されるように、物資的に豊かになっています。工夫、想像が足りないのは、そうしなくても生きていけるからだと思います。物質的だけでなく、精神的にも、少子化と家庭内労働の短縮化で親のケアが行き届くことと、叱らない育て方の広がりによって、自分で問題を解決しなければいけない局面も減ってきていると思うのです。

こんな満たされた世の中で子どもたちは何を目標にして生きていくのだろうか。

はりーさんが、「抱負」で、
マズローの言う通り、自己実現は人間の最高次の欲求であり、一人ひとりがそれに向けて成長していると実感できるときにこそ、大きな価値が産み出される。
と書かれているように、物質的要求 (マズローでは1. 生理的欲求と2. 安全の欲求に対応) が満たされていても、その上の欲求がある。低レベルの欲求が実現されていることは、高次の欲求を実現するためのスタートライン上で優位な位置にあるともいえるのに。

もしかしたら、低レベルの欲求 (1. 生理的欲求と2. 安全の欲求) は自分の力で満たしていくことが、上位レベルの欲求をいだく前提になっているのかもしれない、とも思う。

昔大学時代のことだが、本宮ひろ志のマンガで、「近頃の若者は恵まれているのでなっとらん」と言われた主人公は、「恵まれていて何が悪い。我々若者は恵まれたものを受け入れ、そこから新しいものを創っていくのだ」と反論するシーンがあった (かぎ括弧でくくっていますが記憶はめちゃくちゃあいまいです)。私はその当時この主張に違和感を持った。ハングリー精神と言うかそういうものが必要なんじゃないかと思った。

一方、海老沢泰久が井上陽水のことを描いたノンフィクション「満月 空に満月」では、
... そのころは、豊かな生活とか豪華なものとかを知らなかったからね。その存在そのものを。でもその意味では、いまだに知らないのかもしれないんだよ。あるところでは、そういう豊かなものとか豪華なものを拒否している部分もあるしね。

ようするに、これがなさけないところで、精神至上主義というか、ものに対して豊かになっていくことで精神が汚れていくんじゃないかという神話にまだふりまわされているところがあるんだよね。でも一方では、そこらへんでふりまされるような精神じゃ、ぜんぜん駄目だとも思うんだよ。豪華なプールや美女に囲まれた生活で駄目になる精神じゃね。...
という記述があって、自分はどうなんだろうかと思う。今は駄目になっているとは思わないが、それはレベルの問題であって、豪華なプールや美女に囲まれた生活だったら駄目になるかも。今NEETと呼ばれている人達は、そこまで行かないレベルで精神が駄目になった (と言うのはいいすぎですが) といえるのかもしれない。

散漫になってしまいました。豊かさとモチベーションに関して、今度は個人レベルではなく社会レベルで考えてみたいと思います。

2005/01/01

あけましておめでとうございます '05

みなさんのご健康と地球の平和を祈っています。


昨年はお世話になりました。
今年もブログの目標は鈍い更新頻度、マイペースです。
こんな私ですがよろしくお願いします。

バックログ 2004年下半期

一旦宿題を整理して、残った宿題で新たな宿題リストを作ります。
2004年下半期 (9月から)  課題 31 (途中追加を含む) ◯ 12、× 19
新潟中越地震最新情報:
新潟中越地震 被災者救援本部@2ch Wiki
  -- 常に最新の情報のようですが、フラットになり過ぎていて切迫感が伝わってこないのが残念です。下記を御覧下さい。
中越元気村
シバレイさんのブログにイラク民主化国民潮流からのメッセージが載せられています。
ここではいつか書きたい話題を更新しています。
コメントやトラックバックに適切な場所がない場合もここへどうぞ。

2004/12/31

バックログ 2004年下半期

* 一旦宿題を整理して、残った宿題で新たな宿題リストを作ります。
* 2004年下半期 (9月から)  課題 31 (途中追加を含む) ◯ 12、× 19

新潟中越地震最新情報:
新潟中越地震 被災者救援本部@2ch Wiki
  -- 常に最新の情報のようですが、フラットになり過ぎていて切迫感が伝わってこないのが残念です。下記を御覧下さい。
中越元気村

シバレイさんのブログにイラク民主化国民潮流からのメッセージが載せられています。

* ここではいつか書きたい話題を更新しています。
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コトバノチカラ (3) コノテーション

しまった。勉強足りないのに専門用語なんか使うんじゃなかった。大雑把なことを書きますので間違い等ご指摘いただければ幸いです。

言葉の本来の意味をデノテーションといい、言外の意味、付随する意味、想起される意味をコノテーションといいます。例えば「バラ」のデノテーションは植物・花としてのバラですが、コノテーションとして「情熱」という意味を持ちます。

言葉は普通最初はデノテーションだけで生まれ、使われていくうちにコノテーションが付加されていくのだと思います。もともとのクリーンな意味がだんだんいろいろなものを身にまとっていくと言うか、汚れていくというか、そういうイメージ。

例えば「リストラ」。もともとは「リストラクチャリング」で、「(企業の) 事業構造を組み替えることにより、積極的に経営のあり方を変革させていく」ことでした。基本的には事業の軸足を変えることなので、縮小して立て直しということも含まれはするのですが、本来は前向きなイメージだったはずです。ところが、事業が苦しくなって当面のコストを減らすために人員削減するだけの場合も使う経営者が出てきました。良いイメージの言葉で実情を糊塗する訳ですね。さらにはピンポイントで退職を勧告したりクビにしたりする場合も使われるようになり、個人を主語にして「リストラされる」という使い方までされるになりました。こうなっては解雇の意味以外では「リストラ」という言葉は使えなくなります。

今は「構造改革」と言います。小泉首相がこの言葉を使い出したとき、私は、公務員の解雇をイメージさせるので「リストラ」という言葉を避けているのだと思いました。「痛みを伴う改革」もリストラなんだから痛みを伴うのは当然だろうと思っていました。会社でいうと従業員にあたる公務員も経営者である政府側も。ところが蓋を開けてみると痛みを伴うのは国民 (会社にたとえると顧客+株主) だけという結果になりそうです。また、聖域を作らないとも言っていましたが、手をつけられているのは一部だけで、それらもみんな骨抜きになっています。これによって汚された「構造改革」という言葉も今後使うのに躊躇が必要な言葉になり、さらには新しい言葉が発明されていくのではないかと思います。
他の例としては、ネットでよく使われる「プロ市民」。私はすでに「ゴロツキ」という感じのコノテーションしか残っていない段階でこの言葉を知ったので本来のデノテーションを知らなかったのですが、当初はいい意味だったらしいですね。

こうやって言葉が使い捨てられて行くのですね。

いや、正しくは、まだ捨てられているわけではない。相手に対してその言葉でラベル付けをすることで、相手に対して悪いイメージを与えることができます。そのラベルが正しいかどうかはあまり関係がありません。読者の多くはそのラベルが本当なのかという検証をする時間を持っていませんので、とりあえずそのラベルが正しいものと判断して先へ進めます。検証する機会はその後二度と来ないかもしれません。マスコミも使っていますから(前回の記事参照)、一旦ラベルがつけられると、それを取り外すことは非常に困難になります。
皆さんにお願いしたいのは、このようなラベルを疑ってみてもらいたいということです。最初にそのラベルをつけた人は、何を根拠にそのラベルをつけたのか、その理由は正しいのか、また、ラベルをつけた人の意図はなんなのか。特に「テロリスト」、「ファシスト」、「抵抗勢力」、「プロ市民」、「ウヨ」、「サヨ」、「差別主義者」...

言葉を汚し、汚れた言葉を利用する人達。
たとえアカデミー・フランセーズが許してもこのuedaが許しません。

ああ、今年最後なのにきれいに終われませんでした。まあきれいに終わるより自分を出して終わるほうが良いかもしれません。窓の外には雪が... 汚い現実を覆ってくれています。って何を言ってんだ俺は。

来年もこんな調子で怒りを表明したり、バカをさらけ出したり、ウソ言ったりしますので、よろしくお願いします。

2004/12/30

コトバノチカラ (2) 意図の伝達能力

"Boys, be ambiguous." クラーク博士です (ウソ)。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定と言っていましたが、もう少しストレートに「意図の伝達能力」としました。自然言語であいまいさが少ない?と訝しがる方もおられると思いますので。

ここでは、イメージ (動画を含む) と比較します。見えるものそのものなのであいまいさはないだろうとおっしゃる方も多いと思います。しかし、実体にはさまざまな側面があります。一人の人をとっても、性別、年代での位置付け、職業、その時点での行動や位置付け (「歩行者」、「被害者」など)、個人的関係 (「友人」など)、固有名もあります。文章中では、どれかのラベルを選択するか (複数かもしれない) は、伝える側がどう認識しているか、どう伝えたいかによります。これが「意図の伝達」です。映像ではそうのような解釈無しで見える情報は一度に伝えられます。この映像で伝えられないものは、それまでのストーリー中で分かるように説明しておく必要があります。

実体だけでなく行動も意味付けを与えることができます。映像で「人を押し倒している」ようにみえる行動は、暴力をふるっている場合もあるでしょうし、柔道をやっているのかもしれませんし、犯罪者をとりおさえているのかしれません。このため、フォトジャーナリストの広河隆一もジェームズ・ナクトウェイも、「写真にはキャプションは不可欠だ」といっています (DAYS JAPAN 2005年1月号 「報道とフォトジャーナリスト」)。

一旦このように伝達側がラベルをつけてしまうと、受信側はそのことに言及する際に違うラベルをつけにくくなります。違うラベルで言及した場合に混乱を招くからです。傍で聞いている人がいる場合は特にそうでしょう。最初にラベルをつけると後々までコントロールすることが可能になります。例えば「教祖」と名乗れば、たとえその団体が宗教的なものよりも利益追求集団というべきものであっても、「教祖」と呼ばざるを得ません。せいぜいかぎ括弧をつけて「自称」であることを示すくらいでしょうか。自分に対するものだけでなく、相手に対しても「抵抗勢力」等ということができます。

それが使われつづけると、そのそのラベルがその実体を指す正しいものなのかさえ問われなくなり、前提化してしまいます。「抵抗勢力」といったときに、理由があって反対しているという位置付けが失われ、改革に抵抗している = 既得権益を守ろうとしている = 国をくいものにしている人々という印象を持たせることが可能になります。

「意図の伝達能力」は、最初は話し手と聞き手、書き手と読み手の関係での話だったのが、そのあとまで影響を与えることができるのです。

次は「コノテーション」の話の予定です。

2004/12/29

コトバノチカラ (1) 経済性

ご無沙汰しておりました。玉置宏です (ウソ)。ちょっと余裕がなくてサボっていました。

「言葉のもつ力を少しずつ考えたい」という宿題が残っていました。まず第1回目、経済性について書きます。とはいえ、これは普通に言われていることで私の独自の考えという訳ではありません。

言葉は記号です。無限の音を少ない数の文字 (日本語だと濁音を含め約70種の文字) で表現し、その文字を組み合わせ数千から数十万語の単語を組み立て、その有限の単語で無限の概念を表します。日本語だと音 (かな) と単語の間に「漢字」というレベルがあるといってもいいかもしれません。またその単語を組み合わせて複雑な事実、知識、思想を伝えます。

ここで「無限」と言っているのは、連続的になっているということで、いわばアナログです。それに対して人間の認知能力はそれらを十分区別出来るほど解像度は高くない。いや違いは分かるのですが、伝達できないということです。虹は連続に色が変化していますが、それを区別できないので七色と言うのです。そういう意味では「言葉はデジタル」と言えます。ちょっと普通に言われていることと違うので変な感じがするかもしれませんが。

伝達できないだけでなく、受け手も区別する必要ないということです。「赤は止まれ」という時の「赤」は、「青」、「黄」と区別できれば良いということです。正確に言えば波長で表すことはできるのですが、人間の感じ方も一定ではありませんし、その意味するところの本質が伝えられることが重要になります。

表題に「経済性」と書きましたが、記号化によって短いビット長で伝達できるという以上に、受け手が区別に悩まずにすむことで認識が速いと言うことが重要なのではないかと思います。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定です。

2004/12/23

木村さん、それ冒涜ではなくて著作権法違反です

皆さん、こんにちは。竹中平蔵です (ウソ)。

徒然なる数学な日々 (night_in_tunisiaさん) の記事「ひさびさにキムキム」からこのことを知りました。

木村剛さんが、週刊! 木村剛 の記事 "2004.12.23 「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?" で、
「引用」「転載」をコミュニケーションのツールとして多用してきましたが、こうした手法に反対の方々も少なくないようです。ネット界の重鎮の中には、「ネット社会に対する冒涜」と捉える方もいらっしゃるようで、ネット界もなかなかに難しいものだと感じさせられる今日この頃です。
と書かれています。

まだネットの世界がリアルの社会とは違ったものと考えられているのですね。特別なものではありません。ネットの世界は現実社会の一部です。現実社会のルール・法律は、うまく実効性を発揮できていない面もありますが、ネットの世界でも適用されます。

なにが問題なのか。たとえば2004.12.19の記事「ドン・キホーテ放火事件で本当に悪いのは誰?」では、ちょっと問題提起の文を書いて、ドン・キホーテの安田隆夫社長のコメントをまるごと転載しています。
おそらくドン・キホーテの安田隆夫社長は「冒涜された」とは考えないと思います。私が行った「転載」という行為については、逆に感謝しているのではないかと推察いたします。
とあることから、無断であることが分かります。

著作権法は「転載」が可能なものとして、「国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物」(第32条)と「新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説」(第39条) があります。安田社長のコメントはどちらにもあたりませんね。

また、第32条に引用の規定があり、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」とあります。引用されたものになんらかのコメントをする場合でも「正当な範囲内」に限られます。ここではコメントも無く、全文ですから明らかにこの範囲を逸脱しています。night_in_tunisiaさんが指摘されているとおりです。引用に関しては、「著作権の話(3) 他人の権利を尊重する」を御覧下さい。
木村氏は、別のところでは
原典を明示した上で「引用」されることは、「情報発信者としての名誉」であって、まかり間違っても「情報発信者に対する権利侵害」にはあたりません。
と書かれていますが、これはおっしゃるとおり、「引用」ならば名誉である場合が多いでしょうし、権利侵害でもありません。しかし、木村氏の行っていることは「転載」です。
木村氏は「引用」と「転載」について分けて書かれており、ちゃんとふたつの違いを区別できているようです。しかし、ここでは「引用」の正当性で自身の「転載」を正当化しようとしています。

論理が分からないのでしょうか。それとも論理が分かった上で、読者を欺く詭弁を使っているのでしょうか。どちらにしろ真剣な議論をする資格はありません。切込隊長との論戦に関しては経済関係の法律に疎いので、どちらの言っていることがただしいのか判断をくだせないながらも、木村氏がちゃんと答えられていないと感じていました。こういう議論のしかたをみると、切込隊長のほうが正しいと言う確信が強まります。

木村氏は
出版物において護られる「情報発信者の権利」以上に、ネット上において「情報発信者の権利」が護られるべきとは考えていないからです。
と書かれています。著作権法に対する挑戦状ですね。

出版物はお金がとれる、ネット上の情報はタダ、ということと、権利の有無をごっちゃにしているのだと思います。

最後に。この文章の「引用」は著作権法に沿った形で自由に行っていただいて構いません。なお、「転載」はエキサイト社には既に許諾しています。

My 元気 Compilation

こんばんは。糸井五郎です(ウソ)。-- 追記: 「糸居五郎」の間違い。失礼しました。

以前の記事「ロックをもう一杯」のコメントで、「ちょっと違う視点でリスト作って見ましょうか。」と書きました。その宿題の提出として、元気にさせる歌詞をもつ歌を集めてみました。というか以前こういうテープを作っていたという恥ずかしい告白ですな。身体張ったネタは無理なのでこれくらいで勘弁して下さい。

Swing Out Sister "Breakout"
-- 閉塞状況から飛び出せ

Sheena Easton "Modern Girl"
-- 彼女は自分の世界を一人の男性を中心に築いたりしない。自分のなりたいものになる。

Pat Benatar "Invincible"
-- 「無敵」!

Moving Pictures "Never"
-- 心に羽を持たせないと絶対に飛べない。

Heart "Never"
-- 上とタイトルをそろえてみました。

Donna Summer "She Works Hard For The Money"
-- お金のためとはいっているが、働く女性に対する敬意、愛情が感じられる。

渡辺美里 "My Revolution"
-- Breakoutに似ているかな。

香坂みゆき "気分を変えて"
-- 歌っているところは見たことがないのですが、顔に似合わないパンチの効いた歌声。山崎ハコの作品なんですね。山崎ハコ本人の歌は聴いたことがない。

中森明菜 "十戒 (1984)"
-- 発破かけられます

来生たかお "楽園のDoor"
-- 歌詞は以前紹介しました

南野陽子 "微笑みカプセル - Don't worry my friend -"
-- 「はいからさんがとおる」のほうがよかったかな

BaBe "Give Me Up"
-- こんなのいれてたら恥ずかしいな。この人たちどこいっちゃったんでしょ。

以上、うろおぼえのところもありますが、間違っていてもなんの問題もないですね。こうみると圧倒的に女性シンガーが多いですね。おっさんだからね。

あと、Paul Simonの"Gone At Last"、上々颱風 "張子の虎"、レベッカ "Love Passion" などもいいですね。

次は「切ないCompilation」の予定。って、おっさんはやめとけ。

コメント
 Commented by rkya at 2004-12-23 10:23 x
BaBe!!いましたねー、めちゃめちゃ懐かしいです(≧▽≦)
レベッカ好きだったし。
やっぱり身体張ったネタは面白い、と思ったのでした!(笑)

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-23 12:26 x
★はるかさん、BaBeはポニーキャニオン所属で、フジテレビがプッシュしてたんですよね。はやっているときもプロ意識が足りないなーと感じていました。レベッカのNOKKOも復帰してから声の伸びがなくなって残念です。レベッカは「切ないCompilation」でも登場する予定。さてどの曲でしょう。

2004/12/21

ある北ヨーロッパ風? パン屋さんのキャッチコピー

おはようございます。虻川美穂子です (ウソ、それにそれ"北陽")。

宿題にしていた「英語添削」です。パンを入れてくれる袋に書いてあるので、パンを買ってきました。

全文引用しちゃいます。

Our little friend "TOMTE" use magical secret-power for delicious BREAD that.
Well enjoy in next morning. Children who living in NORTHERN EUROPE
tell us secret that use baken BREAD. Yes ・・・・・・・・ TOMTE's secret.
HOKUO as. BREAD country SAPPORO is very similar with TOMTE's land.

1行目

"TOMTE" -- 引用符をつけるのはやめたほうがよいと思う。
His name is "TOMTE"だったらいいけど
use -> uses
magical secret-power -- 冠詞をつけよう。この場合は"a"かな
secret-power -- これひとつが決まった言い方ならともかく、ここではハイフンは不適切。
for -> to bake
delicious BREAD -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that. -- 次の行に続くのでピリオド削除

2行目

Well -> we'll (we will) 大文字で始めるのも直す
next morning -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
who living -> who are living

3行目: だんだん本来の意図がわからなくなる。

secret -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that use... -- たぶん "that is used to bake bread"
baken -> baked たぶん "bake"の過去分詞のつもり

4行目: 修正不能。たぶん「札幌はパンを作る国としてトムテの国北欧と似ている」か「HOKUOのある札幌はパンを作る国としてトムテの国と似ている」
as. -- ピリオド削除
similar with -> similar to

とまあ、こんな感じでぼろぼろの英語がキャッチコピーとして使われているんですわ。私がものごころついたときから。いいのかこれで?

私の添削のほうがまちがっているとか、ここも修正すべきといったご意見ください。

2004/12/19

顧客が作る「サービスの魅力」

こんばんは。出井伸之です (ウソ)。

はりーさんの「イントラブログ続き」にトラックバックしています。ちょっと前置きが長くなるかもしれませんがご勘弁を。

「収穫逓増の法則」という言葉がある。通常の製品は市場の規模が大きくなると投資額あたりの収益が減ってくる「収穫逓減の法則」に支配されている。一方、ソフトウェアやネットワークの世界では、規模が大きくなると製品/サービスの魅力が増し、ますます収益があがる様になる。

たとえばケータイ。持っていてもかける相手がいなければ魅力はゼロだ (テレビ電話はなかなか普及しなかったことを考えるとよいだろう)。かける相手がでてきてようやく魅力が発生する。それも数が増えればふえるだけ。かける相手が一人のときの通話量を1とすると相手のぶんもあわせて2だ。相手が二人になれって登場人物が3人になるとひとり当たりの通話量は2で全体では6、登場人物が4人で12となる。理屈では通話量は関与者の数の2乗にほぼ比例するようになる (もちろん限界はある)。

通話量だけでなく、サービスの魅力も増えてくる。2番目の人が加入する時に話せる相手は一人だけなのに対して、4番目の人が参加する時には3人の人に話すことができるサービスになっているのだ。

ネットワークゲームもブログも同様だ。ネットワークゲームのユーザが増えればログインしたときにいいパーティを組める確率は高くなる。戦利品の取り引きも容易になる。ブログでは読める記事が増えるのに加え、コメントの数も増えてくる。これらは直接エキサイトの収益につながっている訳ではないが、エキサイトブログの魅力の逓増には寄与している。

さて、表題に「顧客が作る」という修飾をいれた。これは、サービス提供会社よりも、それを使う顧客自体が魅力を作っていると思うからである。数だけでなく顧客の質が。
ただこれは「収穫逓増の法則」が働かない世界のときからもあったものだ。例えばクラブや碁会所。気の合う仲間が集まるからそこにいく。行儀の悪い人たちのたまり場になっちゃうと行く気が失せる。ケータイやネットワークゲームもブログではもっとその側面が強いのではないか。特にブログは、愉快な仲間達がいるというだけでなく、面白いコンテンツを日々生産してくれるのだ。それに対してエキサイトができることは、ゲストブログを盛り上げたり、コンテストを開催して賞を出すくらいしかないように思う。インフラ整備もあるがこれはお客さまを逃がさない程度の効果しかないと思う (特にどのプロバイダーも十分な品質が提供できようになったら)。

やっとはりーさんの話とからんできます。
だが、ブログに限らず、コミュニケーションとか情報処理という分野では、ツール自体が持っている機能よりも、ユーザーやネットワークによる創発にこそ意味があり、キャズムを越えられるかどうかは、この意識をどれだけ広められるか、に依るのではないだろうか?
そう、魅力はユーザとそのコミュニティの中にあり、それを知ってもらわなければならない訳だ。
逆に、テクノロジーには疎くとも、そういう意識改革やコミュニケーションの重要性に気付いている人も居る筈で、そういう人達を掘り起こしたり繋ぎ合わせていく為にブログを使う、という方が目的に適っていると思う。
御意。
また、仮にブログ活用で何らかの効果が出たとして、どのように評価するのか? 個人のバカ話と違って、業務に有効なコンテンツを書くというのは相応の工数が掛かる。それに対して何の報奨も無かったら果たして書く人は増えるのか? 評価するとしたらどうやって?
人は報酬だけで動いているのではない。今金にならないブログを書いているモチベーションはなにかというと、読んでくれる人がいるから、コメントしてくれる人がいるから、評価してくれる人がいるから、誰かに (いい) 影響を与えているという実感が得られるからだと思う。会社でも同様じゃないかと思うのだ。会社に必要なのは、ブログを書くことをサボっているとみなさず、知識の展開・創発とみなし奨励すること (この点は、はりーさんが「イントラブログ その3」 で書かれています)。金銭的な評価は無くとも社内の賞賛が励みになる。甘いかな。

2004/12/18

市場に残る資格

お客様は神様です。こんばんは。三波春夫でございます (ウソ)。

その1

いくつか通販ショップからのメールマガジンを取っているのですが、先日そのうちのひとつが「重大発表があります」というタイトルだった。記事の中身をみてもあまり書いておらず詳しくはサイトをみてくれとあり、事業撤退か店長辞任かと思った。実際の文面は覚えていないのだがが、そんな雰囲気をただよわせる文面だったということ。サイトへ行ってみると...

当通販ショップがXX周年を迎えました!

って書いてある。これがその重大ニュースだったらしい。

速攻メルマガ登録解除しました。これまでここで何回かカニを買ったことがあったんですけどね... 「クレームを出す人は不満をもつ顧客の4%。多くは何も言わずに去っていく」といわれていますが、そのことを知らなかったんでしょうね。

その2

固定電話の基本料金が安くなるという電話が日本テレコムからかかってきたらしい。これかな?

Cnet 2004/08/30
「NTTの基本料は不要」--ソフトバンクグループ、独自通信網を使った固定電話事業を開始

しかし、ADSLを使っているのが分かった途端に電話を向こうから切ったという。これじゃマンションの勧誘と同じレベルだ。テレマーケティングには代理店を使っているのかもしれないが、そういうことは客は気にしない、すなわち、日本テレコム自体が社員教育できていない会社だと思うだろう。私のように意地の悪い客は、ソフトバンクが親会社だからな、日本テレコムに加入するときっと顧客情報流出するだろうなと思う。

お客様を大事にすれば収益が上がるわけではないが、大事にしなければ会社の存続も危うい時代だということは認識する必要がある。

次は「お客様に媚びない」ということを書きたいと思います。

ホームメイドCM

こんばんは。ボノです (ウソ)。ぼのぼのじゃないぞ。

こんな記事がありました。

Wired News 2004年12月13日『iPod』ファンが自主制作したCM、ウェブで話題に

これです (元リンクが切れていたのでYouTubeで見つけました)。


びっくりするほどすごいというわけではありませんが、素人が作ったといわれれば、なかなかのもんだと感心させられます。iPodを重ねてスペクトルを表現しているところなどはアイデアの勝利だと思います。
専門家の中には、マスターズさんのCMは広告の未来を示唆するものだと見る向きもある。ちょうどウェブログ (ブログ) がニュース報道に変化をもたらしているように、個人制作の広告がマーケティングにおいて大きな役割を果たすようになるというのだ。
とありますが、どうでしょうね。

たしかに、写真/レタッチ、映画/ビデオ/リニア編集、楽器/カラオケ/DTM、ワープロ/DTPなどさまざまな分野でプロしか手にしなかったものがアマチュアにも容易に手に入るようになってきました。そしてそれらは、我々の潜在的なクリエイティビティを刺激し、文化の裾野を広げています。ただ鑑賞するので満足していたのに対し、作るのが楽しい、発表するのが誇らしい、評価されるのがうれしいという変化が多くの人に広がりつつあります。

クリエイティビティという面ではCMもひとつの表現分野です。短いということで、映画には手を出しにくかった人も手を出しやすいのかもしれません。短い中にアイデアを詰め込むのも腕の見せ所だと思います。

ただモチベーションという面ではどうなんでしょうね。アップルやホンダみたいにコアなファン (エンスーとかいうのかな) をひきつけているところは期待できるかもしれませんが、そんなところめったにないですよね。コンテストでもやればいいのか。そういうえばキャッチコピーやネーミングの募集はこれまでありまたね。ライブドアの球団名とか (なぜジェンキンス?)。

CMファンとしては今後期待したいところです。

コメント
Commented by rkya at 2004-12-18 00:52 x
きゃ。ボノも好きだけどぼのぼのはもっと好きです!
ぼのぼのを語り合える人ってなかなかみつからないのですが^^;
このCMあちこちで見かけます。世の中にはまだまだ
すごい才能のある人がたくさん埋もれてるんでしょうねぇ。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-18 01:27 x
★はるかさん、私がはるかさんのところでコメント書いている間にコメントいただいてたんですね。日本でもこのCM話題になってたとは知りませんでした。はるかさんも自分CM作ってください。

2004/12/16

開戦の功労者

♪つっぱることが男の... あ、こんばんは。嶋大輔です (ウソ)。

毎日新聞 2004年12月15日
ブッシュ米大統領:「イラク誤報長官」らに「自由勲章」を授与−−ローマ法王と同格
ブッシュ大統領は「米国が世界に与えたよい影響を象徴している」などと称賛した。
ぬぁんだと! 「よい影響」って、ざけんじゃねーぞ。はっきり、開戦の功労者って言えよ。「アメリカにイラクを攻撃する自由を与えた」って。

2004/12/14

さわやかライブドアフェニックス

こんばんは。ダルビッシュです (ウソ)。

KEN-NYEさんのブログの記事「たまにはプロ野球。」にこんなニュースの紹介がありました。

日刊スポーツ 2004/12/14
ライブドア最初で最後のフェニックス
ライブドア自身のアナウンスはここ
ブログもあるのでトラックバック送ってみよう。

先日のハリーさん歓迎OFF会では、話題の一つになった堀江社長ですが、
堀江社長らスタッフは、いつまでもライブドアの影響が残るようでは、東北に野球が根付く妨げになると懸念した。そこで、あらためてファンへの感謝を示すとともに、堀江社長自ら「今後はイーグルスを応援してください」と伝えることで、仙台での活動のけじめとする方針だ。
ということで、

なかなかのさわやかスポーツマンじゃないですか!

って、OFF会でどんな扱いだったか分かるな。

仙台の皆さん、私からも「イーグルスを応援してください」とお願いします。西武とかオリックスとか今回株を下げた球団には制裁を下してください。仙台から逃げたロッテ(いつの話じゃ)も目の敵にしてやってください。個人的にはソフトバンクもお願いします。日本ハム牛肉偽装事件のこともお忘れなく。

ところで、年賀状の図案は、「ゴールデンイーグルとホークの空中戦を、フェニックスが草葉の陰から虎視眈々とチャンスを窺っている」という構図にしようと思っていたのですが、画力がないことを思い出してやめた。まだ年賀状に着手できてないんだよー。どうしましょ。

追記: トラックバックしてくれている創難駄projectさんの記事には、ライブドアフェニックスのロゴの紹介があります。「仙」をモチーフにフェニックスを図案化しているのは、地元への敬意が感じられます。でも、創難駄projectさんが指摘されているように、Kaori@livedoor PHOENIXのプロモーションという疑惑も...

コメント
 Commented by KEN-NYE at 2004-12-15 11:27 x
 こんにちは、ダルビッシュさん。ご紹介ありがとうございます。
 自衛隊での研修頑張ってきてくださいね、たぶん大事にしてもらえるとは思いますが(ぇ
 まあ、ほりえもんもこれでずいぶん株が上がりましたよね。
 あ~、そういえば年賀状なんてものがあったんだ。今度ぐらいは作ろうかな・・・なんか、ついついメールで済ませてしまうんですよ。葉書貰うのは嬉しいのに。頑張ろ・・・・

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-16 01:14 x
★KEN-NYEさん、コメントありがとうございます。ホリエモンも転んでもただではおきないって感じですね。アイドル?の売り出しという疑惑も浮上して... きっと野球も復活を狙っていると思います。

2004/12/12

ロックをもう一杯

こんばんは。岡部まりです (ウソ)。

Rolling Stone誌が、ロック誕生50周年記念特集として
500 Greatest Albums of All Time
500 Greatest Songs of All Time 
を発表しています。これをうけ、
反米嫌日戦線 LIVE and LET DIEさんが、自分のチョイスを発表されています(「50 Greatest Songs of All Time」「30 Greatest Albums of All Time」)。本当はもっと多くの人が「私のベスト50」を記事にしていると思ったのですが、私のリンク先ブロガーさんの中からは見つかりませんでした。皆さん最近音楽ネタが多いように思ったんだけど...反米嫌日戦線 LIVE and LET DIEさんと、食べる・聴くさんがたくさん書かれているのに惑わされていました。

食べる・聴くさん: 「Peter Barakan's Best 50」 「ロックンローラー John Lennon」...
-- ブログ名のとおり、これだけでなく音楽ネタ満載です。今日もまた、「今年のBest! STANDING IN THE SHADOWS OF MOTOWN」って出てました。

私は紹介できるほど聴き込んでいないのですが、SIGHT22号
特集: 究極のロック・アルバム100枚
で、そのうち上位100を紹介しているので、私も買ってみた。

聴いたことないのが多いのですが、それぞれに気合いの入った解説がつけられていて、さらに20位までには渋谷陽一のコメントもつけられていて、おもしろかった。時代背景とか制作の裏話等、ドラマがあるんですねー。当たり前なのですが、一般音楽消費者としてそこまで考えて聴かないので、それが分かるとまた別の面白さがある。

家族が買い物にいっている間、クリスマスツリーを出して組み立てていたんですが、音がないと寂しいので、80年代に集めたビデオクリップ (プロモーションビデオ) 集を引っ張り出してきて再生した。なつかしくて、かっこいい。

Jeff Beck "Ambitious"
-- Jeff Beckが "Ambitious" のヴォーカルをオーディションするという設定。Jeff Beckがギターを弾き続けているのに対して、ヴォーカルがいれかわりたちかわり。ダニー・オズモンドもいる。ギターソロもあって、おいおいオーディションじゃなかったのかとツッコミをいれたくなるが、かっこいいから許す。

Utopia "I Just Want to Touch You"
-- 初期のビートルズのパロディみたいな曲で、ビートルズの特徴をとらえており、「これこれ」と思わせるのだがやっぱり違う。ビデオも白黒で、衣装はお揃いのスーツにネクタイ。うれしくなっちゃう。

A-ha "Take On Me"
-- MTV時代の申し子みたいなバンドで、毎回新機軸を打ち出してくれた。これはマンガ雑誌 (コミック) と現実を行き来するところが新鮮だった。私は曲そのものもいいと思うんだけど専門家の評価はどうなのかな。

David Lee Roth "Just a Gigolo"
-- バカで下品なのがよいところ。
あと今日はみてないけど、マイケル・ジャクソンはどれをとってもいいよね。

コメント
 Commented by 死ぬのはやつらだ at 2004-12-13 10:53 x
ご紹介いただき光栄です。

yoshihirouedaさんのGreatest Albums of All Time を是非、教えてください。

 Commented by n_ayada at 2004-12-14 01:43 x
ご紹介いただき、ありがとうございます。
最近の新譜はほとんど聴いていないので、恥ずかしい・・・
>David Lee Roth "Just a Gigolo"
-- バカで下品なのがよいところ。
いや~、こんなの忘れてました!持っていましたよ、12inchシングル。
バカで下品なんだけど、くだらなくないんですよ。
う~ん、聴きたい!

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 01:55 x
★死ぬのはやつらださん、私自身のベストアルバムを見ると笑うぞ。ただヒットしたの集めただけじゃん、って感じになります。でもまあちょっと違う視点でリスト作って見ましょうか。期待しないで待っててください。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 02:05 x
★n_ayadaさん、コメント早っ! David Lee Rothのバカで下品なのはビデオのほうです。"California Girls"なんてのも同様です。歌は良いんですけどね。Van Halenのときの"Jump"なんかも良いですね。

 Commented by cosicosi3 at 2004-12-14 18:09 x
A-ha の"Take On Me"懐かしいです。
あのビデオクリップは斬新で楽しかったです。
彼等はその後どうしてるんでしょうね。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 18:53 x
★cosicosi3さん、A-haは"The Sun Always Shines On TV"も良かったですよ。拙者根っからのTVッ子でござる、ってかんじでしょうか。でもほんとにどこにいっちゃたんでしょうか。

 Commented by fumi_0 at 2004-12-15 20:16 x
a~haは、確かグラミー賞をとって、生で歌う破目になったのだけど、(確か生で歌うのが条件でしたよね?口パク禁止のグラミー賞)テレビで中継を見ていて、なんだかかわいそうなくらい緊張しまくっていて、高音が全然でないし伸びないしで、あらら~(汗、汗 という記憶があります。
あのクリップそのものは、私も大好きです。
当時、MTVで一番のヒットは、"スレッジハンマー"だな。
CG使わずにあのレベル。コマ送り多様。(笑) よかったです。:-D

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-16 01:23 x
★ fumi_0さん、a-haはそんなことがあったんですか。本番は弱いんですね。MTVのほうは口パクOKみたいで、わざとマイクをぶんぶん振り回しながら歌っていた人がいました。ピーターガブリエルも初期のMTVの功労者ですね。クレイアニメだったんですよね。あーこれもどっかのテープにあるはずだなー。

IT経営応援隊に応援され隊

こんばんは。青田赤道です (ウソ)。

はりーさんが上京するということで、私も上京してIT経営応援隊の応援にかけつけた。ただOFF会に参加したというだけだけどねっ。メンバーは
はりーさん (IT経営応援隊のアイドル)、
元社長よっし〜さん
さかいさん (大阪から呼び出されました... 犠牲になるために)、
そして七海さん (浅草から飛行機できたため遅れました)。

七海さんは、シュークリームをお土産にもってきた。ひとつだけ (というかさかいさん用に) 生わさびチューブ一本入りだ。さきに生わさびを買って、何に仕掛けるか検討するために上野の街を何往復もしたらしい。さかいさんは期待に応え、完食です。そのあとからしドリンクもあったらしいけどね。

身体を張ってブログのネタを仕入れる。バカ記事で読者をふやす。それは、バカ記事の中に散在する本当に読んでもらいたい記事をより多くの人に読んでもらうためだ。参考になるなあ。そこまではまねができないけど。

ほかに、あの社長やその社長の話を聞いてきました。IT経営応援隊に応援されにいったようなものでした。みなさんありがとうございました。

ちなみに「IT経営応援隊」という言葉をたくさん使っています。本家経産省のページの検索でのランクを落すためにはりーさんから出された指令です。みなさんも「ゴッゴル」なんて使ってないで、「IT経営応援隊」という言葉を使おう。

追記: 最初のお店に名刺入れ+免許+クレジットカード類を忘れてきていました。連絡したらお店で保管していててくれました。よかったー。せっかく身ぐるみはがされずにすんだというのに、これでは何にもならんな。バカ露呈というより間抜け丸出しですな。

2004/12/09

コトバノチカラ (序章)

こんばんは、金田一耕助です (ウソ)。今日は辞典の話ではなくて事件の話なので、私が出てきました。

毎日新聞 2004年12月9日
オレオレ詐欺:「振り込め詐欺」と新名称 警察庁

ちょっと前から「オレオレ詐欺」ってよくないんじゃないかと言われ、別の名前を探していたんですよね。「オレオレ」って言うとこれがそうかと気付かれることが多く、「オレオレ」って言わない例が増えてきたそうです。個人情報を調べた上で電話をかけてくるので、本人でないことを確認するためにおこなった質問で逆に本人であるということを信じ込まされる。いやー、勉強してますな、って感心してちゃいけない。「オレオレ」って言葉がないと「詐欺」であることに気がつかない。

しかし、「振り込め詐欺」という名前が定着したら、「急いで振り込んで」といった時点でこの詐欺のことが想起される。なかなか適切なネーミングだと思います。

このように、言葉は単なるIDではなく、いろいろなことを想起させる働きをもつ。相手を「テロリスト」と呼べば、それと戦っている者は何も言わなくても正義の味方と思ってくれる。相手を「抵抗勢力」と呼べば、既得権益にしがみつき「正しい改革」を妨害している連中というイメージが付きまとう。「自己責任」という言葉を相手に与えると、私が責務を果たしているかどうかは問われなくなる。「リストラ」は解雇を意味するが、経営努力の一環という印象、...

こういう言葉のもつ力を少しずつ考えていきたいと思います。

え? やっぱり金田一京助先生じゃないかって? どこで間違っちゃったんだろ。

追記: これ書いた次の日に新手の架空請求詐欺の手紙(封書)が来た。裁判所から来た手紙は無視しちゃいけないという情報 (dragon2011さん「架空請求と少額訴訟の関係」) が広まったあとなので、あたかも裁判関係であるかのように装ってある。警察に通報したら、無視して下さいとのことなんですが、そうじゃなくて撲滅してほしいのに。

コメント
 Commented by dragon2011 at 2004-12-13 11:56 x
金田一先生
TBありがとうございます。当方には、あれ以降、振り込めーるは、来てませ
ん。また来たらblogで掲載しますが、この類の詐欺野郎もNewsで続々検挙されてはいますが、まだまだ後を絶つ気配はありませんね。最近は、
特に金持ちに狙いを定めているとか。その点当方は大丈夫ですが、お互
い気をつけましょう。では。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-14 02:10 x
★dragon2011さん、きっと犯罪としてのコストパフォーマンスが高いんでしょうね。数打てばあたる方式で。数打てば逮捕される確率が高くなるというように持っていって欲しいです。とにかくこんな連中がのうのうと生きていることが許せません。

2004/12/08

革命の高揚感

こんばんは。西川貴教です (ウソ)。

ウクライナ大統領選挙結果に対する抗議デモは「オレンジ革命」と呼ばれているそうですね。私にはヤヌコビッチ候補とユーシェンコ候補のどちらが今後のウクライナにとって良いのか分かりませんが、暴動のような形になってないことは良かったと思います。

この報道を見ていて、ソ連崩壊の時を思い出しました。ニュース番組でモスクワ特派員からのレポートを見ていたのですが、彼は群衆を背にして「これは革命です」と言っていました。そのとき日本のスタジオには田中康夫氏がゲストで来ていたのですが、田中氏は「彼はその渦中にいるから高揚感が伝わっているのでしょうけど、これが良いことなのかどうかは分かりませんよ」というような冷めたコメントをしていました。日本人にはそれまでゴルバチョフに期待した人が多かったと思いますので、公平な判断のための冷静さというよりもゴルバチョフの改革がここで終わってしまうのかと言うがっかり感だったかもしれませんが。

再選挙もどういう形で行われるのかまだ決まらないようですが、少なくとも選挙で納得のいく形で決着をつけたいと言う双方の意志があるように感じます。米国、ロシアの影響を受けるにしても決めるのはウクライナ国民です。もちろん国際情勢にも影響を与えることではあるのですが、外野は彼等の選択を受け入れるしかないと思います (流血の事態や人権侵害が怒るような場合を除く)。

なお、参考にさせてもらっているブログを紹介します。どちらも広い情報源をウォッチされ、偏らず冷静に分析されています。
浮世風呂さん: 「ウクライナ情勢を読む」シリーズ
-- リンク先は最初のエントリですが、現在(4)までいっています。
Tomorrow's Wayさん: 「ウクライナ問題についての参考ページ」
-- 外務省から現地からの生の声まで網羅されています。

そうそう、私、東西ドイツ統一の日 (ベルリンの壁崩壊の日ではなく) に出張でドイツ国内の小さな街にいました。昼間は普通のお休みみたいな感じだったのですが、夕方から街の中心の広場や通りへみんなくり出してきていて、12時くらいまでオープンカフェみたいなところでビールを飲んだり街を巡ったりしていました。革命の高揚感というほどのものではないと思いますが、ドイツ国民の今後の希望が伝わったような感じがしました。

今のウクライナの皆さんの高揚感はなんとなく分かる。その高揚感に水をさすのがこの記事の意図ではありません。

2004/12/04

流行語大賞

おはようございます。岩崎恭子です (ウソ)。

今頃なんだと言われるかもしれませんが、今年の流行語大賞が発表されましたね。「ユーキャン流行語大賞」っていつから冠スポンサーがつくようになったんでしょ。

毎日新聞 2004年12月1日
流行語大賞:北島康介選手の「チョー気持ちいい」

どうでもいいことなのかもしれないが、この「流行語大賞」って「?」と思うことが多い。最初に「?」と思ったのは、「Jリーグ」。流行ったのはその年に始まった日本プロサッカーリーグであって、「Jリーグ」という言葉ではないんじゃないかと、問いたい、問いつめたい、小1時間問いつめたい。

「流行語」というからには、本来の使い方を超えた頻度で使われたり、応用がきく言葉であってほしい。「聞いてないよー」とか、「同情するなら金をくれ」とか、「へぇ〜」(これは昨年) とか。

今年の大賞、トップテンも、これホントに流行ったのというのも含めて、「?」な言葉が多い。

大賞「チョー気持ちいい」: 流行ったの? 「チョー」という語だったら分かるけど、それもすでに定着してるよね。「今まで生きてきたなかで一番しあわせでした」くらい突っ込みどころのある言葉を言ってほしいですわ。

「新規参入」: はやったの? まだ「ボクも知らないような人が」のほうが流行ったのでは。あと「たかが選手」とか。毎年ノミネートされてもおかしくない、って話がずれてきてますね。

「セカチュー」: 「世界の中心で愛をさけぶ」が選ばれるよりましだと思うけど、「たすけてくださぁぁぁぁぁい!!!!!」のほうが応用効くよね。それから解説に
なおタイトルはハーラン・エリスン著のSF『世界の中心で愛を叫んだけもの』にオマージュを捧げたアニメ『エヴァンゲリオン』の最終回 (同名) にオマージュを捧げたもの。
ってあるけど、「オマージュ」? ふつう「パクリ」と呼ばれているような。

「冬ソナ」: これも流行ったのは「冬のソナタ」というドラマ。言葉としては「韓流」のほうが新語としてよかった。あるいは「ヨン様」のほうが「ぺ様」という揶揄で使われたり応用が効いた。

ところで「流行語大賞」で検索したら、次のような記事があった。

今年のネット流行語大賞は「ブログ」、米ウェブスター (CNN/REUTERS 2004.12.01)

これも、「ブログ」という言葉が流行したのではなくて、ブログそのものだろ、と思って読んだら、
メリアム・ウェブスターは毎年、同社のウェブサイトで検索された語句を集計し、一般的な言葉を除く、上位10個を発表している。今年はうち8個までが、米国を夏に襲ったハリケーンや米大統領選など、世相を反映したものだった。
とあって恣意的なものじゃないようだ (「ネット流行語」ってインターネット用語の中の流行語じゃないのね)。しかし、「一般的な言葉を除く」ということころには恣意性が入り込みそうな気がする。「ハリケーン」は「一般的な言葉」じゃないのかなあ。「マーゴン」ならまだわかるけど。

ちなみに我が家の流行語は「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域」。うちの長男中学生が、ことあるごとにバカにした口調で使っている。こいつは、2000円札が出た時も、「2000円札を出す必要性がどこにあるんだろ」と吐き捨てるように言っていた奴です。誰に似たんだろ。中学生からもバカにされてるぞとブログに書かないのかというのに対して、もう書いちゃったしなーと言ったらがっかりしたので、この記事を書きました。おしまい。

トラックバック追加:
エキサイトトラックバックテーマ「あなたの流行語、今年の十大ニュースは?」
-- 最後にちょっとだけ「我が家の流行語」に言及していますので

コメント
 Commented by 死ぬのはやつらだ at 2004-12-04 09:12 x
今年の流行語は

「自己責任」

だと思います。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-12-04 09:32 x
★死ぬのはやつらださん、 「自己責任」はトップテンに入っているので、コメントを書こうかとも思ったのですが、上記リンク(下記再掲)にある解説をみていてるといろいろな思いが去来して断念しました。
http://www.jiyu.co.jp/singo/nendo/2004.html
「最近では責任を転嫁する際にしばしば用いられている」もそれ自身は良いのですが文のつながりがおかしいし、「全体主義」なんて言葉を説明なしに事実であるかのように書くのはどうかと思います。

2004/12/02

私を特大化して (?)

こんばんは。従順なチキン野郎です (ウソ)。

PRESIDENT 2004年12.13号に、話題の映画「スーパーサイズ・ミー」の監督モーガン・スパーロックの記事が載っていました (→ 「アメリカ人が100%肥満でないことのほうが奇跡だ」)。

この映画は、マクドナルドのファストフードを毎食30日間食べ続けるという実験を、自ら実験台となって検証したもの。2004年サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門で監督賞受賞。
スパーロックは言う。
体重が増えることは予想していたけれど、コレステロール値も、血圧もはねあがり、脂肪肝になった
食べる量は自分でいくらでもコントロールできるので (おまえはどうなんだと言うご指摘は受け付けません)、体重は維持してもコレステロールの増加等避けられなかったというならまだ分かるのだけど...と思っていたら、Web Designing 2004/12号にも記事があって、ルールが載っていました。
1. ファーストフード店内にあるもののみオーダー可(水も含む)
2. "スーパーサイズ"を勧められたら断らない
3. 全てのメニューを一度は食べる
4. 3食残さず食べる
これはいかんでしょう。特に2番。

映画『スーパーサイズ・ミー』公式サイト (音が鳴るので気をつけて) にはモーガン・スパーロックの日誌も載っているのですが、2週目で「気分が悪い」といいながら「食べてすぐまた食べたくなる」とあります。中毒性があるのかな。セシルアダムスの雑学の本のどれかに、ポテトにそんな中毒性のある成分が入っていることが示唆されてました。

アメリカの社会がそういう産業構造になっているみたいですね。先のプレジデントの記事から引用します。
「太っただけでなく、鬱とインポテンツと集中力欠損に見舞われた。考えてみれば、アメリカでは、この三つの症状を緩和する薬??プロザック、バイアグラ、リタリン??を大量に消費している。よりバランスのとれた食事をすれば、薬の消費量はうんと減るだろう。でも、製薬会社が金をばらまいているせいで、そうはならない。信じがたいことだが、アメリカの医学部では、4年間で6時間しか栄養学の授業がない。栄養学は金にならないからだ」
...
マクドナルドへの取材はついにかなわなかった。
「映画が公開されてから、マクドナルドはこの映画をとりあげたらCMを打ち切るとメディアに圧力をかけている。彼らの金の力はすごいもんだよ。日本でも4大テレビネットワークが1社も僕に取材にこなかった。これは偶然なのか? そんなわけないだろう。」
日本でも、前の社長の藤田田氏が、以前テレビで「子どもの時に味を覚えさせれば、大人になってからも食べ続けてくれる (だから子どもが入りたくなるミニ遊園地を用意したりキャンペーンを行っている)」と語っていました。私はビジネス視点からは正しい戦略だと思いましたが (もうひとつのMacも大学に配ってましたね)、うちの奥さんはそれを聞いてぷりぷり怒ってました。でもその戦略はあたったみたいですね (うちは好きじゃないのであまり行きませんが)。

映画の公式サイトは結構力がはいっています。そこからもリンクされている特設ブログでは、日本人が1ヶ月、1日3食寿司だけで生活することにチャレンジしています。おばかですね。

2004/11/30

色のついた夢

こんばんは。大泉実成です( ウソ)。

夢に色があるか、って「バラ色の夢」とかそういう話ではありません。

うちの奥さんは色のついた夢を見るというんですが、私は今見た夢が色がついていたのかそうでなかったのかが思い出せない。もしかしたら女性はイメージを把握し記憶する能力に優れているので色もしっかり覚えているのに対して、男性はそうでないのかもとも思う。テキスト化というか記号化して覚えるのかもしれない。いや理論的な裏付けがある訳じゃないんですが。

昨晩見た夢は確かに色がついていた。

私は上野近辺で道に迷っていました。来た時は山手線の駅から坂を歩いて登ってきたのですが、反対方向に降りてきたみたいで、どこにつくか分からず歩いていた。やっと平地に出てきてJRの駅にたどりついた。ここは何線の駅だろうかと思ってみていたら、オレンジ色の電車 (中央線快速みたいやつ) と、オレンジと緑のラインが入った電車 (東海道線みたいなやつ) が通るのを見た。これでますますどこか分からなくなってしまった。駅にいた地元の高校生集団に聞いたら (すっかり田舎のイメージになってます)、北の方に行ったら他のJR線に交わるところがあるのだが、そこはもう埼玉県内らしい...

という夢のストーリーはともかくとして、確かに色がついていたことは分かる。もしかしてそれが電車の路線と対応付けられて覚えることができたので忘れなかっただけかも、これまでも色のついた夢をちゃんと見ていたのかも、とも思う。

ただの個人差なのか、それも男女の差があるのだろうか。皆さんはいかがでしょう。

■ 追加トラックバック
よかった探し。(からーさん): 夢はカラー?
  -- 「みんなカラーかと思ってた」とのことですよ。やはり女性。

2004/11/28

著作権の話 (4) 写真はコピー

こんばんは。森村泰昌です (ウソ)。

要旨: 写真の被写体に著作権のあるものがあります。気をつけましょう。

ぴあのムック「ぴあアートワンダーランド: よーくわかる簡単アート史3万年60本勝負」というのを買ってきました。これ自身はそれぞれの作家や作品をそれぞれ最大見開き2ページで解説すると言う大胆な編集方針で、分かりやすいと言えば分かりやすい。たぶん専門家からみたらなんじゃこりゃというレベルのものなんでしょうね。

これを見ていて気になったのは、オリジナルとは何かということ。
・デュシャンは既製品の便器に署名して作品として提出している。
・このデュシャンも含めモナリザには多数の模写、パロディが存在する。
・ウォーホルはマリリンモンローの写真を処理したポップアートを多数出している。
・ここには載っていないが、リキテンシュタインの作品は印刷の網点まで含めてマンガの1コマを拡大複製したもの。
・マッドアマノのパロディ
...
こういうものの著作権ってどういう扱いになるのだろうか (もちろん工業製品の便器には著作権はないし、ダビンチはたぶん死んでから50年以上たっていますので、全部ではありません)。ウォーホルに著作権があるのは分かる。でもモンローのもとの写真の著作権とモンロー自身の肖像権はどうなんだろう。

またまた考えは飛びます。ちょっと前まで書いていた著作権の話を思い出しました。著作権の話 (3) で私は、自分で撮った写真は問題ないと書きました。これは風景や自然の写真や家族のイベントの写真のことを想定していました。写真の著作権は構図を決め、ピント、シャッタースピード、露出を決めた撮影者にある、ということが前提でした。

しかし、被写体のことをあまり考えていませんでした (肖像権とミッキーマウスの描かれたトレーナーに関しては言及していますが)。被写体に著作権があるものがあり、これらのことについて配慮する必要があります。

私が理解している基準は以下のようなな感じでしょうか。私自身も守っているかと言われれば疑わしいところがあります。
・雑誌のグラビアをデジカメでとったもの: もちろんアウト (スキャナでコピーするのと同じ)。
・記事が載っている雑誌のページ: 記事内容が読めないくらいならOK。
・街角にいた著名人の写真: 肖像権の許可を得る必要 (口頭でもOK)。
・ポスター: アウト。ただし街角の風景にポスターが貼られている風景ならOK。
・ぬいぐるみ: アウト。ただしぬいぐるみをもった人が中心テーマならOK。

著作権は言ったもの勝ちと言う側面があり (これは語弊があるな、言わなければ権利を守れない、のほうがいいかな)、ひとつのキャラクターでOKだった範囲でも、他のキャラクターだと著作権保有者から警告を受ける場合があると思います。上記の基準で大丈夫と言うことは保証できません。また、エキサイトと同様、積極的に他のブロガーの皆さんに警告することはありません (あーあ、責任のがれみたいでやな文章)。

2004/11/23

日本語版フィッシングに気をつけろ

こんにちは。フランク・アバグネイルです (ウソ)。

ちょっと前になりますが、こんな記事がありました。

日経 IT PRO [2004/11/18]
国内ユーザーを狙ったフィッシングが続出,アドレス・バーを偽装する場合も

VISAの場合のウィンドウを拡大してみてください。こんな日本語に騙される人はいないと思うぞ。

一方、Yahooの場合はどんなウィンドウになっているか示されていないんですが、アドレス・バーを偽装するらしいです。アドレスが違うことで判断できると思っていたのですが、それが効かないとなると、目を皿のようにして少しでも怪しいところがないか注意する必要がありますね。いちいち電話で確認したほうがよいかもしれません。

[追記] ハリーさんから情報を頂きましたので、ここにもあげておきます。
ITMedia 2004/11/11アドレスバーの偽装方法と偽装を見破る方法
-- この記事も 「先生! ズラずれてます」って笑えます。

いずれにせよ皆さん気をつけてくださいね。この記事も本当は誰が書いたか分かりませんよ。

Web CM あれこれ

おはようございます。山口瞳です (ウソ)。

おもしろいCMサイトを追加するといっておきながら時間もたっちゃったので、別記事にします。

Burger KingのSubservient Chicken (リンク先は下記と違う内容になっています)

前回紹介した広告批評に載っていたもの。subservientは、エキサイトの新英和中辞典では、「役立つ」のほかに「卑屈な,へつらう」という意味があります。広告批評では「従順なチキン野郎」と訳してあった。

入力スペースに命令を入力すると、チキン野郎がそのとおりの動作をする。広告批評「書き込まれるであろうあらゆる動詞を想定してプログラミングされた」と書いてある。ということは動詞に修飾をつけてもあまり意味がないということかな。ひとつの動詞でも複数のパターンがあるみたいで、"Dance"と入れると、毎回違うダンスをする。

"WATCH THE FIGHT SHOW"というリンクには、チキン同士の格闘技のムービーがあります。解説者が出てきてルールまで解説する。

ところでバーカーキングの宣伝自体は"BK TENDERCRISP"というリンクをたどらないと見えない。商売する気あるのか。

アイフル (画像は同サイトより)


こちらはテキストで入力された質問に対して安田美沙子さんがテキストで答えを返してくれる。

以前に2chで話題になった。そのときは「結婚してくれるって本当ですか」と入れると「本当です」って答えてくれた (本当はもっと下品な質問の例がいろいろ出されていましたが)。今は、プログラムが賢くなったせいか、安田美沙子自体は無知になって、「ごめんなさい。それはちょっと教えられません。」とか「その質問にはお答えできません」とか答えるようになった。

・小野真弓のことをきくと
→ 申し訳ありません・・・芸能ネタはあまり詳しくありません。(芸能関係だということは知ってんだ)
・金正日はいつまでもつでしょうか
→ 政治は得意分野ではありません・・・アイフルの商品やサービスについてご質問はございますか? (と商売のほうに誘導する)

NEC ecotonoha [エコトノハ](画像は同サイトより)


今年のカンヌ国際広告祭グランプリ。これまでもいくつも賞を取っています。
名前は「エコ」と「言の葉」を混ぜたもので、訪問者がメッセージを書き込むとそれが葉になって木が生長し、100葉で一本の割合でNECがオーストラリアに植樹をしてくれる。みんな協力しよう。

デザイナーは中村勇吾氏。以前このブログでも紹介したことがあります(Intentionallies)。あ、ここで中村勇吾氏自身のサイトの紹介をすることを宿題にしてたのでした...

追記(04/11/26): トラックバックしてくれている@HOMEさんのところへ行ってみたら、夜バージョンの画像も掲示してありました。夜バージョンがあるなんて知らなかった... ハヤネハヤオキヨイコデスノデ。

2004/11/21

CM日和

こんにちは。糸井重里です (ウソって書くの忘れてた)。これがにぶろぐの100投目らしいですね。文字ばっかりのが続いたので、軽いのにしてね。

山崎絵日和さんの「靴の穴をふさぐ前に」にトラックバックしています。

広告批評11月号は、特集「世界のコマーシャル2004」で、CD-ROMが付録についてくるっていうので、思わず買っちゃいました。通常の今月のCM紹介に加え、特集が海外CMなのでCMの紹介ばっかり。これで税込1100円は高いんじゃないかな。広告批評は今年の1月号を初めて買いましたが (「コトバ」が特集だったので)、税込660円でコストパフォーマンス高かったぞ。

付録CD-ROMは結構楽しめました。ちょっと大きい画面で見ようとすると操作メニューがなくなって操作性には難あり。

CMは短い時間の中に新しいアイデアが詰まっていて好きなんですよ。感心すると言った方がいいかな。

毎年3月頃にフジテレビで「広告大賞」という番組をやっています。いつも明石家さんまが司会をやっているように思います。この番組が面白くて、普通のCMは入らない。そのかわり話題のCMのパロディが入るのです。海外CM、地方CMの紹介もあります。

Web Desining 2004/11号の特集が「 Web広告の現在がおもしろい」だったのでこれも買っちゃいました (もう一つの特集がCSSだったというのもあるのですが)。 Web広告はインタラクティブ性が加えられるのでまた新しいアイデアがいれやすいところですね。また、カスタマイズ性というか、読み手のニーズにあったものが提供できて効果がありそうです。"Build your own XXX" (例えばBMW) みたいにその商品をカスタマイズできるものあるし、Google Adsみたいに広告自体を選択するものもある (三菱自動車のリコール隠しのニュースに三菱のディーラーのGoogle Adsがついたことがあって苦笑しました)。

Web Desiningの特集に各ポータルサイトの広告スペースの値段に関する記事もありました。Yahoo! JAPANのブランドパネル (右上) 1週間675万円、アサヒ・コムのトップバナー1週間250万円だとか。検討してみてください (って誰に言ってんだ)。それから、バナーとか、スカイスクレイパーとか広告スペースの形によって呼び方が標準化されているそうですね。

スカイスクレイパー広告を置いてみましたが、やっぱり文字だらけですね。それにカルチャーのカテゴリで書き始めたのにビジネスの話になってるし。このあと面白かったWebサイトの紹介を少しずつ追加して行きます。→ 「Web CMあれこれ」

補足: 「たとえチョムスキーが許しても」というのは、チョムスキーが許しているという意味でありません。「許す訳ないでしょ」というツッコミを期待しているボケです。

追記: こちらでも紹介されています。
@HOMEさん: CM "Water Boy"

2004/11/20

著作権の話 (3) 他人の権利を尊重する

こんばんは。小林亜星です (ウソ)。

今回は他人の権利 (著作権) を尊重するということについて。これって実はブログではそんなに難しいことではありません。自分で書いたテキストと自分で撮った写真、自分で書いたイラスト/絵だけで構成すれば問題はありません (補足・訂正があります)。

だけどそれではちょっと寂しいですね。自分の主張だけ書きっぱなしでは発展がありません。また、書きたいことが自分の心の中とか、生活から出しているだけでは、そのうち書くことが枯渇してくるのではないでしょうか。そこで、新聞や雑誌の記事を題材にして意見を書いたり、他のブログに反論したりします。このときに使われるのが「引用」です。

引用は、「この人はXXXといっています。それに対して私は...」とか、「○○新聞によるとXXX。この事件に関して私はこう思います。...」というスタイルで使われるXXXの部分です。こう考えると難しくないですね。自分では、他人の意見と自分の意見は明確に分かれますよね。たとえ同じまたは同じような意見であったとしても、私の意見はこの人の意見とたまたま同じと認識しているわけで、私の意見をその人がしゃべっている訳でもないし、私がその人の意見を話そうとしている訳でもありません。

よく「無断引用禁止」とか書いてあるサイトがありますね。これは誤解に基づくものです。検索してみると既に解説記事もあって私が付け足すまでもないのですが、引用は無断でやるものなんです。 著作権法の第三十二条に
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
と書いてあって、「公正な慣行」、「正当な範囲内」の部分は法律には書いてありません。それも難しいことではありません。

・出所を明示すること: 「誰が」、「どこで」言っていることか示す。「どこで」はWeb (ブログ) の場合はリンクでもOKです。「誰が」はブログの場合ユーザIDでも、ブログタイトルやその人が名乗っている名前でもよいでしょう。

・自分の主張部分が主で、引用する量は最低限: 引用元のテキストをまるごとコピーして、最後に「私もそう思います」というのはいただけません。悪い例はここ。最低限の量とは言っても、背景を説明しなければ分からないと思う場合は背景の部分も引用して良いと思います。

ときどき「XXX新聞のコラムで無断引用」なんてニュースが出ますが、この間違いはお分かりでしょう。これらは
たいがい「盗作」ですから。残念!!
出所なんて書いてませんから、読者にとってはそのコラムを書いた人の意見だと思う訳ですね。なんで「盗作」と言わないかというと、仲間同士のなれあいなんじゃないかと勘ぐってしまいます。

テキスト同様、写真や図も引用できるはずなんですが、ここはちょっと問題が複雑になります。写真など一枚で一つの作品になるので、まるごとコピーしていることになってしまうのです。それでは一部だけ切り取って提示するのは良いかというと、著作者人格権の同一性保持権を侵害する可能性があるのです。芸術作品としての写真は構図までぎりぎり考えて作品としていますから、勝手なトリミングは著者の意図を無視することになりかねません。テレビのアスペクト比は映画館と違うので、映画をテレビ放送する時にトリミングが必要になりますが、大島渚だったか(記憶があいまいで申し訳あいません)批判していたような気がします。

という訳で、私も写真を引用するときもありますが、芸術性の少ないもの(というとまた語弊がありますが)にとどめることを意識しています。ジャケット等芸術性が高いものなどは、ライフログを使うようにしています。これはエキサイトがそうできるような機能を提供しているので許諾がなされているか適正使用の範囲と考えられているものだと理解しています。

写真に関してはもう一点注意事項があります。それは肖像権、プライバシーの問題です。肖像権は肖像権法と言うような法律がある訳でなく、判例によって確立されてきたものです。ですので、私はここまでは良いと言うような説明ができません。日本音楽事業者協会がSTOP!肖像権侵害というキャンペーンを行っていますから見て下さい。

他人の権利を尊重するなんて簡単簡単といいながら誘い込んでおいて、だんだんあいまいなところまで引きずり込んできました。実はまだ、問題がいろいろあります。
・マンガだと数コマ抽出するだけでは適正な引用範囲であるはずだが、許諾を求められる。夏目房之介氏が問題提起しています。
・マンガ等で、キャラクターが鼻歌を歌っていて歌詞が1フレーズでもはいるとJASRACに許諾を得る必要がある。Webでも言ってくる可能性があると思います。
・ミッキーマウスの書かれたトレーナーなんか着て写真に映ったりしたらどうなのかな。ディズニーが文句を言ってこないか心配です。

なにか分かったら記事にするかもしれません。今日はこのへんで。

追加トラックバック:
KOBECCOさん 「著作権でなにもできなくなる。」
-- ここでは適正利用に関して議論されています。教育機関、私的利用の範囲など。

コメント
 Commented by n0n0n at 2004-11-20 23:37 x
おつかれさまでした。すごいすごい。字がいっぱいですね(笑)
>ディズニーが文句を言ってこないか心配です。
子どもたちが小さい頃に、ミッキーやミニーちゃんのセーターやワンピースを毛糸で編みました。写真もありますよ^^...
良寛さんのように、ちゃんと考えてませんでしたわ(*^-^*)おおきに。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-21 02:26 x
★のんちゃん、字がいっぱいだと読みにくいというか読む気をなくさせることは分かってるんですが、なかなかうまく書けません。修行がたりませんね。そんな文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。
ディズニーは小学校の子ども達が卒業制作でプールに描いた絵を消させたことがありました。自分の権利が侵害されることに関しては厳しい対応をとる会社です。のんちゃんも、そのセーターを着た写真をブログに載せるのは避けた方が賢明です。

 Commented by panchan1121 at 2005-02-06 11:59 x
コメント&TBありがとうございました。
私が記事にした講演者は、講義の映像の背景にも気をつけないといけないと話されておりました。
私も含め、引用に関しては、かなりいい加減ですから、注意は必要でしょうね。

 Commented by yoshihiroueda at 2005-02-06 14:48 x
★panchan1121さん、KOBECCOを掲示板状態にして申し訳ありません(笑 ← ってちっとも反省してない)。「講義の映像の背景」ですか...厳しいですね。トラブルを避けるために必要なんでしょうね。ただトラブルを避けてばかりいては著作者の権利の拡大解釈を無制限に許すことになってしまい、考えものですね。著作権、特許、肖像権、プライバシーなどこれからいろいろ議論が続くと思います。

2004/11/18

著作権の話(2) ブログから派生する著作物への期待

こんばんは。エルメスです (ウソ)。

次は「他人の権利の保護」の予定、といっておきながらちょっとその前に補足。

「著作権の話 (1) エキサイトブログユーザの権利」では、コメントを含めところどころにエキサイトへの信頼を宣言しています。本気で言っています。

以前「ブログとビジネス」に山村社長からコメントを頂きました。
このサービスは一年後にはかなりの規模になっていると思っておりますが、収益源としては考えておりません。(もしなっていく何かが見つかれば嬉しいですが規模が大きくなったからといってオークションサービスのようにいきなり有料にするようなユーザーを裏切るような形態にする事もございません。あくまでも基本機能は無料で提供を続けます。)しかし新しいインターネットらしいメディアの姿がこのブログによって描けるような、まだまだ漠然とではありますが将来像を描いております。
ユーザの信頼感を大事にしている姿勢がうかがえます。「新しいインターネットらしいメディアの姿」ってなんでしょうね。これにも期待しています。

「著作権の話 (1) エキサイトブログユーザの権利」のハリーさんへのコメントの中で、私は、「がんがん出版なり映画化なりしてくれた方がいいと思っています。」と書きました。これも本音です。これによってブログの価値が注目され、草の根メディアとしての位置付けが認知されることを期待しています。

ただ、これによってエキサイトだけが収益を上げるとなると反発が大きいでしょうね (「電車男」もこれだけヒットすると収益はどう処理されるのか気になります)。山村さんもそれは本意ではないでしょう。収益は全部慈善事業に使えば反発は少ないんじゃないかな。それでユーザが増えるだけでもエキサイトとしてはメリットが大きいでしょう。

さて、おなじくハリーさんへのコメントで、
信頼というのは個人の問題で、「私は信頼しています」と言っているに過ぎません。さらに「今は」という限定もつきます。ですからおっしゃるとおり明確化されていたほうがずっと良いです。
と書きました。「今は」というのは、「山村さんが社長の間は」という意味です。

不吉なことをいうと、倒産の可能性だってある訳です。出版社が倒産して、ヌード写真集だったかビデオだったかの未公開映像や、漫画の原画が流出したことがあったと思います。債権者としては使える財産は全部有効に使いたいでしょうね。そのときにこれまで信頼感なぞ何の役にもたちません。そういう意味で、利用規約はエキサイトにとって安全な側に持って行っておけば良いと言うものではなく、できるだけ明確化しておいてもらいたいと思います。

追加トラックバック
□ あざらしサラダさん: 【ライブドアブログの規約変更について考える(2)】
-- 前の記事「著作権の話 (1) エキサイトブログユーザの権利」で「エキサイトへの信頼」ということを書いたことをとりあげていただいています。確かに信頼しているのではありますが、そればっかりではいけないと思いこの記事を書きましたので、トラックバックさせていただこうと思います。

コメント
 Commented by あざらしサラダ at 2004-11-28 09:05 x
こんにちは。
このところ妙にモチベーションが低下している「あざらしサラダ」です。
非常に遅くなりましたが、記事のご紹介お礼申し上げます。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-28 13:17 x
★あざらしサラダさん、TB+コメントありがとうございます。記事は拝見して考えることもあるにはあるのですが、私もモチベーションが低下しているかも(笑)。

2004/11/16

著作権の話 (1) エキサイトブログユーザの権利

こんばんは。マッド・アマノです (ウソ)。

ハリーさんのブログの著作権にトラックバックしています。

ライブドアが突然利用規約を変更したということで、ライブドアブログのユーザでは大きな問題になっているらしいですね。ただ、ハリーさんも指摘されていますが、エキサイトでは最初からエキサイトがユーザの著作物を自由に無料で使えるような規約になっています。ユーザの皆さんはそれに同意してブログユーザになっています。もしかしたら認識されていないかも、ということで、どんな問題があるのか考察したいと思います。

■ 前置き

まず逃げをうっておきますが、私がこれから書くことはあくまでも私の理解です。絶対視しないようお願いします (まあ毎回ウソ書いているからそんな心配する必要ないか)。法律は文面はできるだけ解釈の幅が少なくなるようにしていますが、それでも解釈の幅が出てきます。判例で解釈が固まって行くのだと思いますが、著作権に関してはデジタル技術の進展の方が速く、判例が追い付かない場合もあると思います。また、言ったもん勝ちという側面もあるように思います。

また、知的財産権とそれに類する権利には著作権以外にも特許・実用新案、意匠権、肖像権、商標権、不正競争防止法などがあります。著作権的には問題なくとも他の法律にひっかかる場合があります。

これらは、今日の話(自分の権利) には直接関わってきません。なにしろ自分の権利はほとんどエキサイトに与えていますので。

まずエキサイト・サービス利用規約の5.知的財産権の取扱い(2)をみてみましょう。
2) ユーザーが本サービスにおいて情報等を掲載等した場合、ユーザーはエキサイト株式会社に対して、当該情報等について全世界において無償で非独占的に使用する権利(複製権、頒布権、翻案権、送信可能化権を含む公衆送信権を含みますが、これらに限られません)を許諾したものとみなします。また、ユーザーはエキサイト株式会社に対し、情報等に関して著作者人格権を行使しないものとします。
■ (財産権としての) 著作権

(財産権としての)著作権は作成した段階で発生します。ブログの場合は記事を公開した時点と考えて良いと思います(非公開に関してはあまり考える必要はないと思っています)。日本では、丸Cマーク、(c)などはつける必要はありません。

こちらの権利に関しての扱いは簡単ですね。ユーザーはエキサイト株式会社に対して、ユーザの著作物を無償で非独占的に使用する権利を許諾しています。「非独占的に」ですから、ユーザが別の形で出版したり映画化権を売る (非独占的ならば) のは問題ありません。
ブログに公開した時点で無料で世の中に提供しているのですから、先に自分の作品集を作られて自分が利益を得る機会が減るのはそれほど問題はないかと思います。ただ、ユーザはその覚悟をもっておく必要があると思います。

問題は、複数の人によって作られた作品、作品集が出版されたりすることですね。具体的には、エキサイトで生まれるかどうかわかりませんが、「電車男」。エキサイトにしてみればこういうものが出来た時にスレッドの (ブログだとコメント欄の並びか) 各参加者の許諾を得る必要がなくなるのが大きなメリットになると思います。ブログだとそういう可能性は少ないと思いますが、トラックバック企画等いっぺんに作品集が作れるようなものは、利用される可能性はあります。ただ私は、ユーザを大事にするエキサイトでは問題になるようなことはしないと思っています。

■ 著作者人格権

これには3つあります。著作権法第十八条−第二十条に規定されている、公表権、氏名表示権、同一性保持権です。これらは人に与えたり売ったりできるものではなく、著作者にずっとついて来る権利です。このため、利用規約では「行使しない」としているのでしょう。

・公表権: まだ公表されていないものを公衆に提供し、又は提示する権利
ブログ公開した段階で公表していることになり問題は発生しないと思います。

・氏名表示権: 著作者名として実名若しくは変名を表示するか、著作者名を表示しないこととする権利
ブログ公開した段階で、変名としてのIDを出して公表していることになります。エキサイトしてはこれをID付きで出すかIDなしで出すかの選択を勝手に(一人一人の承諾を得ず)できるということだと思います(実名は別途プライバシーポリシーがあるので考えなくて良いでしょう)。著作権が独占でないのでIDなしで出された場合に自分でIDまたは本名つきで別に出せばよいでしょう。

・同一性保持権: 作物及びその題号の同一性を保持する権利、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない
これは問題ですよね。勝手に書き換えて良いというのですから。ぎりぎり考えて選んだ言葉が変えられたりしたらいやですね。また、それによって原著作者のセンスが疑われる可能性があります。ただ、これに関してもエキサイトはめったなことはしないと信頼しています。一部伏せ字や仮名にしたり一部省略することを想定しているのだと思います。

これらの規定は普通のユーザにはそれほど問題になるものではないと考えています。ただ質の高い「作品」(小説、詩、写真、イラストレーションなど)を公開している人は先に述べたような覚悟が必要です。あとトラックバック企画も。

これ以外の問題点があると気付かれた方はコメントをお願いします。

次回、「他人の権利の保護」の予定です。まとめるのはちょっと面倒かも。

追記 (追加トラックバック)
絵文録ことのはさん: LivedoorBlog以外にも権利侵害規定!ブログ著作権規約を全チェック
-- 引用したハリーさんの記事でも参照されていますが、網羅的にまとめられている力作。この中でTypePadの利用規定では、ユーザがブログを閉鎖したら著作物の利用権も消滅するようになっていますが、一旦出版したもののそのたびに改版して出さなければならないことになり、運営会社(シックス・アパート)は利用権をもっていてもあぶなくて実質的に使えないことになります。
絵文録ことのはさん: 著作者人格権:何が問題で、どう書くべきか?
-- 著作者人格権に関してより詳細な解説があります。また、利用規約の提案までされています。
あざらしサラダさん: 【ライブドアブログの規約変更について考える】
-- 問題のライブドアのユーザさんです。ライブドアブログの規約は変更のやり方が唐突強引なだけでなく、変更された規約も著作権法を理解していないように見えます。

コメント
 Commented by yamasakki at 2004-11-16 03:54 x
あら、かなりこれヤバイじゃないですか。
マジでやめたほうがええのかもと考えました。

 Commented by yodaway2 at 2004-11-16 09:01 x
これもまた、性善説に立つか性悪説に立つか――の議論になるような気がしてきました。ただ、私も自分で書いた部分はともかく、いただいたコメントやトラックバック(自分のブログにおける一部表示を念頭)について、私自身、どうとらえるべきか迷っていました。ブログオーナーは、スパムなどもあるわけですから、ブログを管理しなければならず、当然にして不当と判断すれば内容削除などを行い得るものと思いますが、それは結局、オーナーの判断によるものとなってしまいそうです。また積極的に、自分のブログを出版しようなどと思った場合、yoshihirouedaさんも言及されていますが、コメントは自分のブログに書きこまれた時点で、自分のブログの著作物に含まれる――と考えてよいのかな、と思いたいですね。つまり、出版などでコメントもいっしょに――までは、まずセーフと。ただ、トラックバックの場合、表示は一部ですので、権利関係とは別問題で、その内容に誤解を与えてしまう場合が多く生まれると思います。難しいですね。めんどうくさいですが、個々に規約をつくって、コメント、トラックバックいただく方に同意を求めるなんてこともできそうですが、自由度が減りそうです。うーmmm。

 Commented by bra-net at 2004-11-16 09:33 x
この規約、読んでもイマイチすっきりしなかったんですが、このポストですっきりしました。ありがとうございます。ユーザーの著作権が保持されるというので、安心しました。

たとえば、こういう場合、どうなるのでしょうね。

記事がexciteで出版されそうになる ⇒ いやだ ⇒ ブログを閉鎖する ⇒ exciteに出版取り消しを要求する ⇒ 結果は?

ま、現実にはあまりないことだと思いますけど(笑

以前よりリンクさせていただいてます。ありがとうございます。↓
http://branet.exblog.jp/i8#d

 Commented by HarryBlog at 2004-11-16 14:22 x
エキサイトには信頼感がありますが、できればココログのような文面にしてくれれば、さらに安心できるのですけどね。
http://info.cocolog-nifty.com/info/2004/11/post_7.html

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 01:05 x
★yamasakkiさん、やめんといて。僕らファンのために。こういう作品を継続的に生み出せるyamasakkiというタレントをプロモーションする場と考えていただいくとありがたいなー。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 01:18 x
★yodaway2さん、コメントはコメントした人の著作物で、自分の著作物には含まれません (ここは明らか)。ただ、次には「引用は無断で OK」ということをかく予定ですが、コメントはコメントくれた人の名前と一緒に載せれば (そうしますよね)、引用といって良い、すなわち自分の著作物の中に入れて良いと思います (ここは個人見解)。断定していないのは、コメントを全部含めて良いかということと、引用した部分に対して自分の見解が記載されなくて良いか (コメントに対するコメントを書いていない場合) が明確でないためです。トラックバックは全部載せない方が良いでしょう。必要ならば逆に引用すれば良いと思います。

 Commented by rakurakuonsen at 2004-11-17 01:24 x
yoshihirouedaさん、こんばんは。それから、お心遣いありがとうございました。随分よくなってますが、週末はまた、お医者さんです。
この件は、僕も気になってました。不勉強なので、なおさらなのかもしれません。
続編もじっくり読んで、勉強させていただきますね。自分の「書くスタイル」にとっても重要な問題ですので…
とりあえずは、近況のご報告でした。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 01:31 x
★bra-netさん、ブログを閉鎖するという状況ですが、規約には「情報等を掲載等した場合...許諾したものとみなします」とありますので、一旦公開した時点で許諾したことになります。閉鎖してもその事実は消えません。まあ、あまりないということは確かだと思いますが。
それから、リンクありがとうございます。私も実はBra-netさんをリンクしていたこともあったのですが、ハードな内容なので (褒め言葉) 疲れちゃって...

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 01:43 x
★ハリーさん、信頼というのは個人の問題で、「私は信頼しています」と言っているに過ぎません。さらに「今は」という限定もつきます。ですからおっしゃるとおり明確化されていたほうがずっと良いです。
ただ、私は、がんがん出版なり映画化なりしてくれた方がいいと思っています。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 01:56 x
★rakurakuonsenさん、こんばんは。あまり無理をなさらぬよう。
rakurakuonsenさんのブログは、続編で書く予定の「他人の権利の保護」という観点からは全く問題ありません。今のスタイルを維持されればよいと思います、って私は法律家でもコンサルタントでもありませんが。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 02:41 x
★bra-netさん、追記に書きましたが、TypePad/シックス・アパートでは閉鎖されたら利用権も消滅するようですね。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-17 22:15 x
★yodaway2さんに補足コメント。コメントの削除に関して言及していませんでした。
まず、著作権の観点からいうと、不要なコメントは引用しなければ良いし、または必要な部分だけ引用すれば良いと思います。全部含めるより著作権の法の精神にあっています。全部含めなければならないとしたらブログオーナーの著作者人格権が侵害されますよね。
一方、ブログ運営の立場で言えば、無関係なコメントやトラックバックは削除してしまえば良い。SPAMなんか同意を求めずに削除しちゃいますよね。トラックバックも無関係なものやなんらかの関係があっても誘導される読者の期待にそぐわないものは削除すれば良いと思います。まあ運営ルールを決めて掲げておけば親切でしょうけど。それからこういう削除は著作権法上も問題ありません。copy-right (複製を作成する権利) なんですから。

 Commented by yoshihiroueda at 2004-11-18 23:11 x
鍵さんからご指摘頂きました。yodaway2さんへの最初のコメントで
> コメントはコメントした人の著作物で、自分の著作物には含まれません (ここは明らか)。
と書きましたが、コメントが「思想又は感情を創作的に表現したもの」といえるかという点では、もとの記事に対して依存していること (独立な著作物としては成立し得ない)、長さの制限などもあり、そう言いがたいのではないかということです。この点は正しいので、上記私の書いた部分の前半は「コメントは著作物になる場合でもコメントした人の著作物になり」に訂正します。後半部分「自分の著作物には含まれません」とそれ以降の議論 (引用として必要な部分だけ使えば良い) は影響を受けないと思うので訂正しません。
要するに、あまり気にしなくて良いってことです。紹介したければ名前をあげて紹介しても良いし、名前もあげず「~という意見もいただいた」でもよいです (引用と言うより事実の報告レベル)。

2004/11/14

安保条約と日米同盟

おはようございます。吉田茂です (ウソ)。

私、「既定路線?」で、『安保条約を「同盟関係」として位置づけるのはもう当然になってるの?』と書きました。勉強不足でした。

先日紹介した記事「大詰めの選択: 米大統領選の焦点/中 小泉首相、過度の“親ブッシュ”」 (毎日新聞 2004年11月2日) に以下のような記述がある。
 10月19日、首相は在日米軍再編の問題について「安保条約と世界の中の日米同盟という観点から議論すればいいことだ」と記者団に語った。この発言は、竹内行夫外務事務次官の前日の訪問が伏線になっている。 
 竹内氏は首相に「世界の中の日米同盟」と題する1枚の紙を見せた。そこでは日米同盟が日米安保条約に基づく協力と、国連安保理決議に基づくグローバルな安保協力の2本柱から成り立っていると整理されていた。 
 日米同盟の中核は日米安保条約だが、小泉政権になって拡大したのは、安保条約の外側での対米協力だ。 
 首相は昨年5月の日米首脳会談(米テキサス州クロフォード)ですでに「世界の中の日米関係」という言葉遣いをしている。01年4月の就任時には「日米友好関係」と表現していた首相だが、次第に「同盟関係」を強烈に意識するようになったとみられる。外務省幹部は「あの会談で二人の関係は完成品になった」と指摘。首相が自衛隊をイラクに派遣する腹を固めたのはこの時だった。
今、「日米同盟」と言っているのは、主に「安保条約の外側での対米協力」を指していることになる。

先日から疑問に思っていたことは、
・「アメリカの戦争に協力しなければ有事の際(具体的に言えば北朝鮮、中国からの脅威)にアメリカから守ってもらえない」という前提での意見を述べている人が散見される。
・また小泉首相も「日米同盟があるからアメリカを支持する」という論調を使っている。
・しかし、日米安保条約 (大雑把にいうと基地を提供する代わりにアメリカが日本を守ることを決めているもの) があるのだから、そんなことはないだろう。
ということでした。

この記事で私の疑問は解消した。基本的には私の理解は間違ってはいなかった。しかしここで新たな疑問が起こる。
・なぜ日米同盟が必要なのか。新たに「日本がアメリカに協力する」という片方向の協力が追加されただけで日本にとってのメリットは何か
・「日米同盟」は国会で批准された条約ではないと思われるが、「日米同盟があるから」という前提で使われるときの後ろ盾は何か。
ということ。

調べてみました(すぐに調べろって?)。allaboutに解説がありました。
政治の超基礎講座(5)日米安保条約基礎知識

・冷戦構造が終結しても、安保体制、日米同盟は必要と考えた(日本にとっては脅威はソ連ではないので当然ですね)。
・このため、安保の「再定義」を行うことになった。
・1996年日米安全保障共同宣言 (橋本首相=クリントン大統領の首脳会談)。
 → 日本の防衛と「アジア・大平洋地域の安定維持」
・1997年「新ガイドライン」
・1999年 周辺事態法:米国軍への後方支援を既定
・2001年 テロ対策特別措置法:アフガニスタンでの米軍後方支援
・2003年 イラク特別措置法: イラクでの自衛隊活動
・2004年 安保防衛懇「多機能弾力的防衛力」を提唱

今のところ後ろ盾は1996年日米安全保障共同宣言と毎回作っている特別法のようですね。特別法を作る際には、「日米同盟があるから」という論理は絶対的なものとしては成り立たないわけだ。特別法を成立させる裏には、ここで協力しておかないと日米安保条約を守ってくれないかもしれないという恐怖があるのだろう。今後私も「日米同盟があるから」という論理の拡大解釈 (「日米同盟があるからアメリカが戦争するといったら協力する」という類) には注意を払っていきたいと思う。

2004/11/13

下品な「かぎ括弧」の使い方 / 不敬の輩 Part 3

こんばんは。「カッコマン・ブギ」の宇崎竜童です (ウソ)。

今日提出する宿題は: 下品な「かぎ括弧」の使い方

かぎ括弧「... 」は基本的に引用に用います。その部分に手を加えていませんよ、手を加えることはできませんよ、ということを示します。もう少しブレークダウンしてみましょう。

・引用: 誰かが言った言葉、書いたテキスト、定義、またはそれらの一部。丁寧な人は活用をする場合でも変わらないところまでをかぎ括弧でくくる。例えば、「バーボンをのむ」という部分と「葉巻を吸う」を使いたい場合に、『「バーボンをの」んだり、「葉巻を吸」ったりした』など。

・ことわざ、定理など: 誰かの引用ではないが、一般に使われているものであって、それをそのまま使っていることを示す。自分が作った言い回しでないということも示す。例) 『「備えあれば憂いなし」という訳で防災用品を点検しました。』

・題名: 音楽、書物、絵画などの作品に作者がつけた題名。普通の語だったら同義語に変換しても良いが、この場合はそのまま使わなければならないことを示すためにかぎ括弧を使う。

基本はこういうところでしょうか。発展形としては以下のようなものがあります。

・建前では言われている (が、世の中にはそうでないと認識されている) 定説: 口頭では引用部分をしべるときに両方の手をチョキにして (手の甲は外向き) 示すことがある (ダブルクォートの意味)。"Men In Black"では、アナウンサーがこのサインを示しながら「地球外生命体は地球には来ていないことになっています」といっていました。

・世間が与えたキャッチフレーズ、タイトル: 例えば、「無冠の帝王」、「国会の爆弾男」、「XXX社の天皇」など。

・その人が名乗っているタイトル/役職: その人が名乗っていることは事実として伝えるが私は (または世間は) 認めていませんよということを示すため、かぎ括弧をつける。例) 『XXX教「教祖」某山某介』、『「発明件数第一位」ドクター・中松』

特に最後に示した使い方は揶揄したい場合に効果的に使う事ができます。以前私の通っていた (あんまり通ってなかった?) 大学では、大学紛争の名残があって、立て看板がよくありました (うちの大学は中核派が主流だったらしい)。立て看板の中で、「日本民主青年同盟」(日本共産党の... 関係はなんていっていいのか良く知りません、ごめんなさい) のことを
「民」青
と書いてありました。「民主」を標榜しているが決してそのような組織じゃないぞということを主張している訳です。私、「こいつらやってることはバカだけど学あるな」と思いました (私だったら「民」「青」と書くかも)。

揶揄は使いすぎると下品になるので、注意が必要です。

こんな人たちが世界の命運を決めている

おはようございます。ヒラリー・クリントンです (ウソ)。

いまごろ米国大統領選挙の話題で申し訳ありません。「ブッシュとケリーは同じ穴のムジナ」と書いたので、結果はどちらでもよさそうなものではあるのですが、今は発言を反省しています。

誰も真正面からは逆らえない国アメリカ。その方向を決めるのがこんな人たちだという事実。これらの人が自分が正しかったと確認させないためにも、ブッシュが当選してはいけなかったのにと思う。

■サッカーマム: 「倫理」なんて言葉を口にするな

選挙後「報道ステーション」で、選挙の結果を左右したオハイオ州の「サッカーマム」と呼ばれる人たちのインタビューを行っていました。

サッカーマムとは何か。子供をサッカークラブに入れている母親達のことなんですが、自分の子供の教育に力を入れているような人たち、価値観としてはキリスト教倫理観に目覚めた人たち (若い頃はそうでもなかった) をさしています。これらの人たちが妊娠中絶に反対の立場をとるブッシュを支持した。インタビューでは戦争と倫理とを比較してどうか聞いていましたが、「戦争のことも大事ね。どちらが大事かは簡単にいえないけど、私はブッシュに入れた。そういうこと」といっていました。戦争のことなんか考えてもいなかった、って感じだったぞ。

雷鳥日記さんの「サッカーマム」反米嫌日戦線さんの11月6日の記事「【400本目】『息子よ、アメリカって国はいい国だ。大統領さえ要らないくらいな!』」に説明と意見が書かれています。

「命の軽重」という観点から言えば、イラクの人々の命の重さよりも胎児の命の重さを重く見ているということ。問題はそれだけでなく、レイプで妊娠してしまう母体のことも考えなければならない。きっとサッカーマムにとっては他人事なんだろう。私は生まれてくるべき命を守っている、その自己満足だけが重要なのだろう。原理主義者はものを考えなくて楽でいいのは確かだが、自分が不幸を押し付けていることを認識してもらいたいものだ。

■ テロなんか関係ない人々

選挙報道を見ていると、中部南部はブッシュ、東部と太平洋沿岸はケリーと綺麗に分かれていることが分かる。私はこれらは単に田舎は保守的、都会はリベラルという違いかと思っていました。

そんなとき、『仏蘭西の空を仰いでみる。』さんの『キーワードは「わが身に降りかかる危機」?』を読みました。ここには、
超高層ビルが立ち並び国際的に有名な都市を抱える州ではすべてKerry,ほぼ絶対間違いなくビン・ラディンのターゲットにもならない州はBush。
本人達は自分だけがよければという明確な意識はないかもしれないが、やはりここにも世界を見る意識はない。もっと言えばアメリカ全体を考える意識さえない。

ここにトラックバックしているSeven Seas & A Lonely Islandさんの「IQとジョージ」で紹介されている「アメリカのそれぞれの州のIQとどっちを選んだかの比較表」もおもしいぞ。

■ 誤りを認めない人々

記者の目:ブッシュ大統領再選=佐藤千矢子(北米総局) (毎日新聞 2004年11月5日)
ブッシュ氏を深く信じ、イラク戦争は正しかったと信じた国民が、嫌な現実を直視しなければならなくなった時、最も簡単なのは、大量破壊兵器は見つかっていないと考えることだ。
ニューメキシコ、コロラド、アイオワ、ウィスコンシンの激戦州4州で、9割の人が「イラクに大量破壊兵器はあったはず」と答えたそうな。「イラクにあったに違いないよ。どこかの国に移転されてしまったんだ」。

チョムスキーが指摘するように報道されていないという側面は大きいのだろうが、それよりも、知る必要がない、知りたくない、というメンタリティなのだと思う。

■ これからの日本

ブッシュでよかったと思えることがひとつある。それはアメリカが双子の赤字などでますます力を弱めるだろうと考えられること。


田中 宇が「非米同盟」で、その点を指摘している (アメリカ自身がその方向を目指しているという主張は同意し難いが)。

日本は、この泥舟に一緒に乗るのではなく、いつでも逃げ出せるようにしておかなければならない。ましてや、国民の (特にお年寄りの) 財産である郵貯を献上して泥舟が沈むのを遅らせてはならない。どうせ沈むのだ。沈まないとしても支えるのに犠牲になる必要はない。でも今の小泉首相を見ているとそういう戦略が立てられるとはとても思えないのだ。